2013-09-29

HINNA

 
 
 
アイヌ語で 「いただきます」=HINNNA
 
 
 
 
 
 
ツリーハウスの入り口にかけられた貝殻の暖簾が
風で揺れるたびに シャランシャランとBGM
中庭で お昼ごはんを食べるのが とても気持ちがよくて心地よくて
 
 
先日は
梨を持ち寄って 食べくらべ会を
 
秋~
 
 
 
 
 
 
山本さんが突然こちらに現れた
 
 
ここで食べちゃいけなかったかな、
なんて思ったのも一瞬
 
「いいねー!」
 
と手でおおきな丸をつくったジェスチャーをして
また お仕事にもどられたのでした
 
 
 
目の前が ガラス張りのSOHO店のため
 
いつもスタッフさんの視線を感じながらの
ランチタイムを過ごしている最近です (笑)
 




#
 
 
「ある助産師さんのお話」

赤ちゃんを産むとき、陣痛というものがある。


陣痛は、初産で約24時間...


2人目以降で約12時間続くものらしい。



妊婦さんの中には

この陣痛がとても苦しいので、


「産む側は大変、赤ちゃんは生まれてくる側でいいなぁ」


と言う方もいるらしい。



しかし、助産師さんは

これは大きな勘違いだと言う。



赤ちゃんの方が

妊婦さんの何倍も苦しいのだと。



実は、子宮は筋肉であり

これが収縮したり緩んだりするのが、

陣痛の正体らしい。



陣痛が始まり、子宮が収縮すると

赤ちゃんは首のところを思い切り締め付けられ

へその尾からの酸素が途絶え、

息ができなくなるそうだ。



子宮の収縮は約1分間。

その間思い切り首を締められ、息ができない。



1分たてばまた子宮はゆるむが

また陣痛が来れば1分、息ができなくなる。

しかも陣痛の間隔はだんだん狭くなる。



この陣痛に耐えられなければ

赤ちゃんは死ぬ。まさに命懸けだ。

だからこそ、赤ちゃんは慎重なのだという。



実は、陣痛がおこるためには

陣痛をおこすホルモンが必要らしいのだが

このホルモンを出しているのは

お母さんではなく、なんと赤ちゃん自身。



赤ちゃんはとても賢く、自分自身で自分が

今陣痛に耐えられる体かを判断する。



そして、一番いいタイミングで

自分の生まれてくる日を選ぶ。



(そう考えると、自分の誕生日も、

 自分が選んだ日なんだと思えた)



また、急に激しい陣痛を起こせば命が危いので

最初は陣痛を起こすホルモンを少ししか出さず

様子を見てホルモンの量を調整するらしい。



赤ちゃんの中には、予定日を過ぎても

なかなか生まれてこない赤ちゃんもいる。



途中で陣痛を止める赤ちゃんもいる。



そういう赤ちゃんを

「うちの子はノンビリしてる」

なんていうお母さんもいるけど、

そのとき赤ちゃんは必死なんだという。



生まれて来ないのは、赤ちゃんが

「今の体では陣痛に耐えられず死んでしまう」

と判断しているからだそうだ。



赤ちゃんはみんな、自分で判断して

自分の意志で生まれてくる。


「生まれたくて生まれたんじゃない」


なんて人はいない。




すべての赤ちゃんは、

その日を自ら選んで生まれてくる。


生きるか死ぬかの狭間の中、

あの小さな体で必死に生きようと頑張っている。


子供を授かることもそうですが、

出産は母親にとっても赤ちゃんにとっても

すべてが奇跡の連続なんだと。


あなたの誕生日も、

あなたが命を懸けて、選んだ日なのです。


そう考えると、自分の誕生日が

本当に特別な日なのだと

改めて実感できるのではないでしょうか。




 
#
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪かむあそうトライブス
 
 


 


2013-09-22

20130915




            Tatsuhiro∞Masumi  2013 / 水彩、パステル、ドライフラワー、和紙
 

 
 
地元の幼馴染・ますちゃんの ウェディングボードを描かせてもらいました
 
生まれてから 26年来の付き合いになります




パステルトーンで、 お花いっぱいに、
超笑顔で、 happy happyの文字を、
ということで、
 
ドライフラワーで文字をかたどり
( ささき水産のドライワカメも入れておけばよかったなあ )
 
本物の四葉のクローバーを だんなさんの上着の襟のフラワーホールからのぞかせて
 
happyがこぼれ落ちないように
そのうえから極薄の和紙でコーティング
 
ふたりのまわりには rainbow birdを コラージュして飛ばせました
 
 
 
制作中 気づいたら、
わたしもつられて 笑いながら描いていました
 
 
 
happyのお裾分けを ありがとう


 
 
 
 
 
( 絵の裏側にも、、♡)
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪ Hi!standard
 
 
 


謝々




 
岡山に もどってきました

 
 

 
 
 
1ヶ月休んでいたあいだには

soho店がopenし
 
庭には ツリーハウスやブランコまで!できていました
 
 
 
まるでhappyな浦島太郎状態
 
 

そして、
復帰したちょうどその日は 中国のお縫い子さんの送別会が
 

 
 
 
李さん、珍さん、英さん、
3年間 お疲れさまでした
 
やっと 子どもとゆっくり会えるね
 

 
 
お話を聞いていたら
みなさん ほとんど子どもはひとり、
 
そう、ひとりっこ政策!

 
ふたり目からは なんと税金がかかるんだそうです
 
 
 
子どもにとって 兄妹はいたほうが きっといいんだろうけど、
 今の地球に対して 人口は増えすぎているから
 中国がとっている政策は
地球規模の観点で見たら ある意味正しいのかもしれない
 
、なんて 考えさせられたひとときでした
 
 
 
 
∞
 
 
 
 
わたしの口癖で

よく
 「ごめんなさい、ありがとう」
、って
 
謝ってからお礼を言ってしまうことがあるんですが
 
中国語での 「ありがとう」の文字 を見て
「ありがとう」 には もともと 「ごめんなさい」 もちょっと含まれてるのかな、って
 
 
 
今回の件では、大変ご心配おかけしました

今は だいぶ回復に向かいつつあります



みなさんに心から
謝々!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪
 
 

2013-08-28

タイトなジーンズに捻じ込む 私という戦うbody




 
 
 
 
 
実は、お盆中から 腰のヘルニアの様態が悪くなり
来月末まで 1ヶ月間のお休みをいただいています
 
 
でも、山は越えたので
今はもう ご安心ください~
 
歩きかただけ おばあちゃんのようですが
 
 
 
にしても、神経痛に悩む方々の苦悩を 体をもって実感
 
 
寝れないんです、
寝たくても
 
 
2~3日 それが続いたときは
ほんと発狂しそうでした
 
 
無理やり日本酒を グビ、っと飲んで
小1時間くらい寝れたら いいほう!

すぐに痛みで起きてしまうので

いつでもどこでも なんときでも、
スヤスヤぐっすり寝れていた昔の自分が うらやましくてしかたがなかったです
 
 
 
世の中には この痛みとともに 日々の生活を過ごしている人が
数え切れないほどいるんだろうなあ 


うぅー、  考えただけでつらい、、


なかには、医療大麻が合法とされている場所へ
治療を受けるために 移住をされたかたもいるらしい

神経痛の緩和にも 効能があるのだそうです







わたしも今は、すこしでも痛みがやわらぐなら、、と
ロキソニンかセレコックスを 常用しているけど
できることなら、こんなもの摂取したくはない

 
だって、

注意事項には
「呼吸困難、血圧低下、、などがみられた場合は
速やかに連絡をしてください」
って


 
これは “薬” と呼べるんだろうか?


 
でもこれも 起こるべくして起こった からだの中のサイン、
と思って

このメッセージを ちゃんと受け取って
いただいたお休みを無駄にしないように、大事に生活したいなあと思ったのでした



親からは
あっちこっち動きすぎなんだ、 と怒られましたが(笑)

はい。
 
 

デスクワークをしている人や トラックの運転手さんを中心に
同じような坐骨神経痛に悩む人が増えてるみたい

心当たりのあるかたは ほんとにほんとうに、
どうぞ 気をつけてくださいね



 
  
来月あたまくらいから
 しばらくは  
実家の宮城でゆっくりしています
 
 
これから そんな投稿が多々あるかもしれませんが
そのためです
 
 
 
 
 すでにもう ふつうに働きたくて ウズウズ、
 
ミシンがわたしを呼んでいる~
 
 
 
 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
 
♪ north african beat
 

 


2013-08-26

〒




 
 
 
 
郵便局が 好き


 少し前に、
ふみの日の記念切手にひとめぼれして、
思わずシート買いしてしまった
 
年季が入ったら、もっとかわいくなりそう
 

 昭和54年の、その当時の郵政省が
「ふ」「み」と語呂あわせされる 毎月23日を「ふみの日」と決めて、
手紙に親しむ活動を全国的に展開したことがはじまりなんだって
 
 
わたしってば まんまと引っかかってしまいました
 
 
ちなみに この記念切手は
文月(ふみづき)のふみの日である 7月23日に発行している徹底ぶり
 
  こういうとこ、好き ^^
 
 

そんな 日本郵政にも、
さっそくTPPの影がちらほら
 
あの、アフラックのポスターが 郵便局内で見られるようになってきた
(前からあったのかな?)
 
  国内で7割のシェアを持つ 米国のがん保険会社
 
  郵政にはかんぽ生命もあるし、
よーく考えたら、おかしい
 
ちなみにアフラックは、
米国企業でありながら 収益の8割を日本で稼いでいるらしい
 
 
まるで、アヒルの餌食だ
 


 日本民医連が ずっと懸念し続けていることで、
病院が株式会社化する恐れもある
 
 
 
そうしたら、薬もだいぶ値上がりしそう
 
 
 
高齢化がすすむ長寿国・にっぽんを市場に狙われても おかしくはない
 
今現在でさえ、
病院は常に おじいさんおばあさんでいっぱいだ
 
最近、ひさしぶりに病院のお世話になって、
その実態を目の当たりにしてきた
 
 

食べ続けたら 発ガンする確立が高いと実験結果のでた、
モンサント社の遺伝子組み換え食品も出回ってきそうだし、
 
「(遺伝子組み換えではない)」、と 唯一消費者が判断材料にできたその表記も、
日本側にやめるように圧力をかけられているらしい  
 
 
 
“食” が怖くてしょうがない
 
おいしいものを おいしー!って
心から安心して食べたい
 
 
 これからは、
いい種を守って 自給自足していくのが 一番安全なのかもしれないね
 
 
ただでさえ、放射能の影響を受け続けている日本、
 
 

いろんな情報を、わーっとならべてみると、
まるで 意図的にがん患者を増やして、
ある特定の人たちが儲かるような仕組みに見えてきてしまったのでした
 
 
 
 
 
 
 


 生きねば、
 
 
 
 
i kin ye!!

 
 
♪ 荒井 由実
 
 
 
 
 
* だいちゃん 全国優勝おめでとう
きっと、舞も空から見てたよ
 
 
 

 
 

 

2013-08-23

20130728




 
                                                                                 Shunsuke∞Kaori  2013 / 水彩、木炭





高校時代の友人・細川ちゃん(旧姓)の
結婚式のウェディングボードを描かせてもらいました
 
 
ヨーロッパな雰囲気で 夏っぽく、
ということで、
 
ベースには レースを張って レジンサンドでコーティング、
クリムトの「接吻」をイメージに重ねてみました
 
 
 
クリムトは ふたりの足元に崖を配したけれど、
幸せ絶頂のおふたりには必要がないので あえて描かず



je te tendrai hnureux は、

フランス語で 「幸せにしてみせる」 の意。
 
細川ちゃんが言ったんだって♡
 
 
 
 ∞
 


 
高校を卒業してからというもの
彼女とは まったく連絡をとっていなかったんですが

ひょんなことから facebookでつながり
高校時にプレゼントした絵をまだ飾ってくれている という話を聞いて感動していたら
今度 結婚するんだけど
ウェディングボードを お願いできないかな? って

 
うれしいねぇ。
 
 

facebookを嫌う人も多いけど
わたしは こういった出会いが生れるのがうれしくて
けっこう多用している


 
 

秋には2件、来春に1件のウェディングボード、
地元の友人の家族の絵が1件、
 
プロでもないのに
ありがたいことに こんなに 依頼をいただいています
 
 
 
愛がとーう
 
 

 
そして よかったら
facebook でもつながりましょう ^^

https://www.facebook.com/ms.greenflower
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 


♪
happy birthday joe !!
 
 
 

2013-08-22

2013年 夏の帰省




#

 
昔 むかし
この付近に 戸倉村と十三浜村という二つの村がありました。
 
この二つの村が村境をめぐって争っていたとき、
浜辺に巨大なクジラが打ち上げられました。
 
両方の村とも このクジラの所有権を争いましたが、
決着がつかず、翌日に持ち越すことになりました。
 
ところがその晩、
岬のあたりから轟音が聞こえ驚いた村人は駆けつけてみると、
岬の大岩が2つに割れていました。
 
両村の村人達は、
「これぞ神の裁き」と思い、神の決めたこの場所を村境にし、争いも解決したそうです。
 
 
 
#
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
お金や 利権ばかりを 求めて争っていたら
いつか 日本国も まっぷたつにされちゃうんじゃないかな、
なんて 心配になる



お金でも ものでも なんでも
シェアしてー分け合えば  円満に解決しちゃうのにね



単純すぎる?


いや、

わたしは  おなじ意識を持った仲間とだったら、
本当に そんなことが  “結”  として 当たり前にある 
村、コミュニティ をつくっていけると 思うの 
 
 
 
 
 
国家は あてにできない

地方の それぞれのちいさな町、部落単位でいい、
そこで つながって、強くなっていかないと
これからは 生き残っていけない気がするんだ




 

∞
 
 



お盆は帰省をせず、
少し時期をずらして 先月7月の末に故郷へ帰ってきました


というのも、
地元で まつりの祭り というイベントがあったからなのですが (笑)





ちょうど、父の設計事務所の完成会もかさなり、
地元の親戚たちを呼んで
 お寿司と母の料理と、それぞれに持ち寄った一品料理で
乾杯!

ささやかながらではありますが
できたての事務所にて お祝いをしました
 
 
 
 
窓からは
見えるはずのなかった太平洋が一望できた
 
美しくもあり、なんだか 切なくもあり
 
 
 
80歳になった 及川のおんちゃんは
津波で お店と家をすべて流されてしまったものの、
今 住んでいる場所で 床屋さんを再開したらしい
 
 
父も お祝いがてら
無い髪で さっそく散髪にいっていました
(失礼!)


すごいねぇ、
挑戦しつづける人は いくつになってもかっこいいよ
 
 
 
 
ちょうど 選挙後ということもあってか
おじさんたちと あの政党はどう、とか あーだ、こーだ、話したのも 楽しかったな
 
 
わたしもそれだけ 目線が近づいてきたってことでしょうか

 
父と母が 三宅さんに一票を入れたという話になって
「やっぱり 親だな~(笑)!」
、と みんなに笑われていた
 
 
うふふ
 
 
 
 
∞
 
 
 

PCがウイルスで壊れてしまい、
しばらくネットのない生活をしていました
 
 
意外と 支障もなく生活できた反面、
どれくらいの時間を このネットに注いでいたのかということに気づいて 反省、、
 
 

自分の時間を もっと見つめなおそう
 
手をうごかそう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪

 
 
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『島唄』

でいごの花が咲き
風を呼び 嵐が来た

(災厄を告げるという でいごの花が咲き、
(1945.4.1)沖縄本島に米軍が上陸した)

でいごが咲き乱れ
風を呼び 嵐が来た
繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう

(でいごが咲き乱れる1945.4-6月に、
 寄せ引く波の様に、殺戮は繰り返された)

ウージぬ森で あなたと出会い
ウージぬ下で 千代にさよなら

(サトウキビ畑であなたと出会い
 (ガマ)鍾乳穴の防空壕で
 君が代にいう永久の御代との別れ)

島唄よ 風にのり
鳥と共に 海を渡れ
島唄よ 風にのり 
届けておくれ わたしぬ涙

(島唄よ 風にのり
 しびとの魂(鳥)と共に 海を渡れ
 島唄よ 風にのり 
 本土に伝えておくれ、沖縄の悲哀を)

でいごの花も散り
さざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せは うたかたぬ波の花

(でいごの花も散る1945.6.23に
 戦闘も終わり、宝より大切な命が散り、
 生き残っている者もあまりいない
 日常生活は、簡単に消え去った)

ウージぬ森で うたった友よ
ウージぬ下で 八千代ぬ別れ

(さとうきび畑で謡いあったあの人は
 防空壕の中で、戦闘によって死んだ)

島唄よ 風に乗り
鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り
届けておくれ 私の愛を

(沖縄の思いよ、風に乗って
 魂と共に、海を越えて
 (あの人の居るニライ・カナイ=天国へ)
 島唄よ 風に乗り
 (ニライカナイへ)届けておくれ 私の愛を)

海よ
宇宙よ
神よ
いのちよ
このまま永遠に夕凪を

(海よ
 宇宙よ
 神よ(豊穣をもたらす)
 いのちよ(何物にも代え難い命という宝よ)
 このまま永遠に夕凪(平和)を(祈る))
 


 朝日新聞の 宮沢和史さんのコラムより 引用



『島唄』は、
本当はたった一人のおばあさんに
聴いてもらいたくて作った歌だ。

91年冬、
沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、
沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を初めて訪れた。

そこで『ひめゆり学徒隊』の
生き残りのおばあさんに出会い、
本土決戦を引き延ばすための
『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で
大勢の住民が犠牲になった事を知った。

捕虜になる事を恐れた
肉親同士が互いに殺し合う。

極限状況の話を聞くうちにぼくは、
そんな事実も知らずに生きてきた
無知な自分に怒りさえ覚えた。

資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の
中にいるような造りになっている。

このような場所で集団自決した
人々のことを思うと涙が止まらなかった。

だが、その資料館から一歩外に出ると、
ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。

この対比を曲にして
おばあさんに聴いてもらいたいと思った。

歌詞の中に、
ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。

『ウージの森で あなたと出会い
ウージの下で 千代にさよなら』

という下りだ。

『島唄』はレとラがない沖縄音階で作ったが、
この部分は本土で使われている音階に戻した。

2人は本土の犠牲になったのだから。

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