2014-04-17

3月の手日記・上




濃かった 3月
 
書きたいことがたくさんあるので
上・中・下に分けてお送りいたします。(笑)
 



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0301
 
今日は有給消化のため1日お休みをいただいた。午前中にケーキとほうれん草の和え物を作ってしまい、昼過ぎに待ちに待ったリンパマッサージの彩里へ。2時間もぜいたくに、体の上から下前から後ろとすべてもみほぐしてくれた。これで¥6000は安い!途中、本気で寝てしまった。そのあとすぐフェイスマッサージ。今日は今までおこたってきた美容を補う日にすると決めたのだ。なんてぜいたくすぎる1日だろう。エコさんのところでバースデーケーキ用の飾りクッキーを受け取り、家にもどってちらし寿司とぎょうざの準備。早く上がった咲季ちゃんが手伝ってくれて助かった。9人ぎゅうぎゅうで楽しいごはんを囲んだ。おいしいおいしいと言って食べてくれる人がいるのは本当に幸せなことだ。また、岡山の思い出が増えた。
 

 
 

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0303
 
ニカーッ、っと笑ったような下弦の三日月。きれいな夜空だった。あわいイエローから深い黒に近いような青へのグラデーション。好きな色の空が仕事後のごほうび。なーんてな、詩人のような出だしで書きたくなってしまったのは谷川俊太郎や茨木のり子、宮沢賢治を読みあさっているせいだろうか。今週からはLASTの日までは残業をがんばることに決めた。痛みは引かないが。大星整骨院で電気を当ててもらってから帰宅。今日はお風呂をためよう。
 
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0305
 
今日の夢。鉄さんが先生?で、私が生徒。授業をしてたら松井さん&しょーごさん夫婦が見学に来た。心祭の考えすぎ? サンプルのサルカワBAGが中々終わらず、終礼も出ずにずっとそれにかかった。18時くらいに出せただろうか。遅くなってしまって申し訳なかった。生産の人たちはこの日翌朝の7時まで仕事だったんだとか。本当にお疲れ様しか出てこない。 夜は児島入りした上地さんと一杯。(のつもりが2杯)出会えて良かった先輩のひとり。これからもご縁がつづきますように。
 
 
 
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0307
 
作業をしてたら午前2時ぴったりに電気がすべて落ちた。・・・!!!そうだ、前にお知らせが来ていた電気工事だ。寝なさいということだと思ってそこで作業を強制終了。一旦スイッチが入るとどこまでもやっちゃうから自分が恐い。ストイックね、だから体(腰)にもくるよね。あぁ、月曜日のお風呂ためよう宣言結局今週できていない。体を休める日をつくらなきゃ。ゆかりさんのワンピース、残りの3着ももうすぐできそう。今週中に渡したい。
 
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0308
 
原ちゃんから家の外で「まーぼー!」と呼ばれて目が覚めた。夢だった。ちょうど7時くらい。ちょうどケータイの充電が切れてたから助かった。週6で残業1hの一週間、あー長かった~という反面もう週末か、と。あと1週間でKPを卒業とは本人が一番実感していないかもしれない。ヨギンさんからTELがあり、シミーさんのチラシとチケットを送ったから、と。仕事帰りに、モロサキ新居についていき、バルサンを焚いてきた。
 
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0309
 
朝8:30にゆかりさんにワンピを渡す約束をしちゃったもんだから、朝方までに3着を仕上げて、ちょっと寝て八雲に渡しに。先生は釣りで不在だった。私がクビになった理由を聞いて納得。先生のプライドによるつっぱねた言い方だったんだね。ワンピも喜んでもらえて良かった。縫製代もいただけて、本当助かります。帰って寝てしまったら昼過ぎ。プールに行ってスッキリしようと思ったらお休みで。CDを整理、箱詰めして、夜に原ちゃんをマッサージしに出張。 絵が思い浮かばない・・・
 
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0310
 
んん~、変な時間の過ごし方をしたからか眠気がぬぐえず。うまく作業が進まない時は、お風呂にでもつかって、寝てスッキリしてしまったほうが後のためにはいいと頭の中では分かってはいるものの、変に粘ってしまって、気付いたら畳の上で寝ていて3:00am…とか、ね。これじゃあ体さんが疲れてしまいますわ。完全に父の遺伝。ヤダヤダ~。すまい探偵帖、好反応なのが余計に次作へのプレッシャーになる。take it easy…!イマ、ココ。 ヨガで学んだのを活かすのはイマ。

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0311
 
311.これから先もずっと忘れないだろうこの日。facebookではたくさんの人が哀悼のpost itをするだろうから、私は逆に未来を見つめたこのイベント「心祭」の情報をシェアした。こんな時までもあまのじゃくな自分にあきれたりもするが、心祭はこれからもずっとずっと地元で続いてほしいイベントのひとつ。今年も参加できないが、きっと最高の3日間になるだろうなとすでに感じている。今21:30。これからどこかの時間で、キャンドルを灯して手を合わせてしばらく静かに過ごす時間をつくりたいと思う。
 
 
311の糸色
 
 
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i kin ye!!
 
 
 
 
 
♪ MONGOL800
 
 



2014-04-13

すまい探偵帖@石巻 vol.7

 
 
 
 
 
 
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すまい探偵帖@石巻007
「第三の謎・八角天井」上
 

◆八角天井の謎を追う前に、二間続きの座敷をご紹介したい。伝統と遊びの対比、ここが神棚に次ぐ見所だ。
◆奥の座敷は正面に床の間、違い棚、左に付け書院がある。そして、右に押入れがあり、一見、帳台構えに見える所が面白い。帳台構えとは、本来は帳台(寝室)への入口で、豪華な襖が立てられた。江戸時代には、殿様の護衛のため家来が隠れる武者隠しにも使われたらしい。これはわざとそう見えることを狙ったものではないかと勘ぐりたくなる。
◆これらは座敷飾りといって書院造の伝統の意匠で武家の格式を表した。しかし、決して堅苦しい座敷ではない。床の間脇の藤の狆(ちん)くぐりの開口部や、付け書院の欄間の松竹梅の装飾、剥き面(むきめん)の長押、床框下の巾木など、数寄屋的なデザインもある。欄間に鶴の彫り物があるので鶴の間と呼びたい。
◆剥き面の長押とは、丸太を一皮剥いて作ったもの。これは良材でないと出来ない芸当だ。末口(木の上部、梢の方)から元口(木の根元の方)まで、同じ太さの丸太でないと上下の面が隅で合わなくなってしまう。材料の良さと気仙大工の腕の見せ所だ。鶴の間は、書院と数奇屋の教科書だ。8畳の座敷に込められたエネルギーが伝わってくる。
◆手前の座敷には例の八角天井がある遊びと頓知の間。亀が全部で5匹いた。だから亀の間と呼びたい。残念ながら残っているのは長押の釘隠しの1匹だけ。銅製で可愛い亀。釘隠しに亀が4匹、何とも愛嬌があってめでたい。残り1匹は、オサ欄間にもいたが、掃除で壊れてしまった。復元したらさぞかし楽しいだろう。
◆そして亀の甲羅のイメージか、天井が中心から八角形に放射状に広がる棹縁天井でまさに八角天井と呼びたくなる。中心には、シャンデリアでも吊れそうな金具の細工があり洋間のイメージもある。
◆亀の間を見て思い出すのが、京都島原の角屋(すみや)だ。角屋は揚屋(料亭)、客をもてなす為に一つ一つの部屋に趣向が凝らされている。例えば、扇の間では、天井に絵や詩歌が書かれた扇が58枚貼ってあり、釘隠し、襖の引手、欄間も扇形で統一されている。
◆捨松さんは、角屋などの数寄屋建築を見て座敷毎にテーマを決め独特のもてなし空間を作ろうとしたのではないか?サザエさんのお母さんのように大工さんを京都・奈良に派遣して見学させた可能性もある。
◆だが、ここで新たな疑問。亀の甲羅は六角形のはず。なぜ八角形にしたのか?その推理は次回!



( 文・一級建築士 那須武秀さん )
 
 
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沖縄滞在中、
石原さんのお家でなんとか描きあげました。

ちょっと 南国テイスト、?!

 
 
ここには書ききれないほどの
たくさんの思い出、体験、出会いができました


1週間 自由気ままに部屋に寝泊りさせてくれて
面倒をみてくださった 石原の姉さんに大感謝!
&
20140408 happy birthday~~♪


 

DENIM WOMEN LOVE CATS
 

 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪MONGOL800
 
 

2014-04-07

すまい探偵帖@石巻 vol.6



            
 
 
 

 
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すまい探偵帖@石巻006
「第二の謎・設計者」下
 

◆波をかぶり緊急保存のため現在冷凍保存されている捨松さんの「作事帳」。これが解禁されれば、神山家の設計施工の実態がもっと明確になるだろう。私は、捨松さんと及川棟梁が主体となって実際に施工を進めながら設計デザインを決めていき、更に地域の人々も設計に加わった可能性があると推理する。
◆昔の施主は、設計もやる。もちろん職人ではないから施工はできないが、技能を評価できるだけの審美眼もあった。施主は、現場監督的な役割も果たして、お金を管理し材料の調達や職人の手配を行なった。神山家の作り方は、この直営方式に近かったと思う。
◆それを強く感じるのは、前に触れた正方形の神棚だ。あの二重三重に考え抜かれたデザイン構成は単なる思いつきで作れるものではない。捨松さんと地域の人々と気仙大工の知恵と技術の結晶なのではないか?
◆立派な神棚は石巻市河南町などの富裕層の民家にも見られる。この辺は特に神様を大事にする地域なのだ。気仙大工の地元では神棚より仏壇が立派で気仙大工は仏壇が得意との評価が高い。だが、別に神棚が苦手という訳ではない。
◆気仙大工は何でもこなす。そうでなければ出稼ぎはできない。基本は家大工だが、神社・仏閣をも造れる技術があり、更に高所作業が得意で建具や指し物も彫刻までやってしまうスーパー大工だから引く手あまただったのだ。
◆伊達政宗は氾濫する北上川を改修し、低湿地の新田開発をおこなった。その結果石高が増大、各地から農民が入植した。もともと大工などの職人は少ない地域だったから気仙大工は大歓迎。仕事を通じて地元の大工に技術を教える先生でもあった。農繁期は農作業も手伝ったし、真面目で堅いと定評のある気仙大工は更に気に入られて婿養子になった記録もある。
◆あるいは小四郎さんは橋浦に婿養子に来たのではあるまいか?その仕事を指導し一人前にするために父親の平三郎棟梁が気仙から来たというのは妄想だろうか?「息子が地域の人に大事にされ、嫁さんが綺麗で良かったなぁ…」平三郎棟梁の感謝の気持ちもあの神棚に込められているのではと考えたくなってしまう。
◆棟礼にある「外大工五人」は小四郎さんの弟子か仲間か?いずれにせよ、この家は、気仙大工の「技術伝承の学校」だった可能性もある。神山家であえて気仙大工の伝統のデザインではない正方形に挑戦した物語も読み取れるのではないだろうか?推理(妄想?)はどんどん広がっていくのである。
 
 
MEMO
◆もっと推理(妄想?)を進めていくと、この地域は薪の一大産地、仙台の燃料基地だった。また、薪は製塩の燃料でもあった。リアス式で平地が少なく塩田が開けないため、鉄釜で海水を煮詰める製塩の燃料にも使われていた


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先月、神山家を直接訪れ
田辺さんという方にいろいろとご説明い
ただいたのですが、
人が住まう上で必要のない(?)とこ
ろにまで趣向が凝らされたつくりのこの家に
終始にやにやしっぱなし 。

服でいう、見えない裏地にまで刺繍されてるー、うー、み
たいな。
 
でも、そんなものこそ 愛着がわいたりするんですよね。
 
見方がわかると
なんで
もおもしろく見えてきて仕方ないです。

のちのち、神山家はゲストハウスなどの公共施設になっていく予定だそうです。
機会があれば、ぜひ足をはこんでみてくださいネ。


https://www.facebook.com/onosakikominka
 
 
i kin ye!!
 
 
 
♪ 宮城 愛

すまい探偵帖@石巻 vol.5

                                 


                         





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すまい探偵帖@石巻005
「第一の謎・正方形・その四」
 

◆正方形の家の主・捨松さんは謎の人。少しでも、手がかりが欲しい。では、奥様のきすよさんはどんな人?ひ孫の清さんのお話では、90歳まで長生きされたそうだ。さすが正方形の神棚のご利益か? 
◆きすよさんは早く夫を失ったせいか真面目で厳しい方だった。でも、捨松さんの話はしてくれなかった。では息子の清也さんは?一口で言えば呑兵衛で豪快。どのくらい呑んだかといえば盆暮れの請求書の巻紙の長さが三間半(4.5m)あったそうだ。一円硬貨を田んぼに埋めて田植えの速さを競ったり、泥酔してリヤカーで帰宅したり様々な武勇伝がある。
◆だが、捨松さんもそうだったとは言い切れない。逆に四角四面の人とも思えない。私には捨松さん独自の「正方形の哲学」があったように思えるのだ。そう、あの伊達藩の奉行・芝田民部のように。
◆幕末、攘夷か開国か騒然としていた時代、芝田民部は、「三角形の茶室」を作った。慶長使節船ミュージアム濱田直嗣館長の御尊父・濱田隼雄氏の小説「民部断食」の一節を引く。
◆「青年時代の悪戯気がよみがえったように屋根も三角、畳も三角の茶室を造ったのは、客の好奇をよろこばせるためでもあったが、丸く納めることの困難な時勢の中で、他人目には角立てることばかりのおのれの任務への自らの風刺が秘められている。」
◆三角形の茶室は、困難な時代に藩政を任され、どうあがいても丸く納められない民部の屈折した思いを雄弁に語っている。ここで建築は自分自身の表現なのだ。
◆捨松さんの正方形は、どんな気持ちを込めたのか?明治元年生まれ、新時代の申し子として正しく生きようと思ったのか?闇の幕末の三角形に対して文明開化の希望の光を正方形に込めたのか?それとも自分の命が燃え尽きるのを察知して健康への願いを込めたのか?
◆つい最近、実は、大きなヒントがあることを知った。捨松さんの書いたこの家の「作事帳」があった。分厚い作事帳には、部材の調達費用や職人の賃金や建築に協力してくれた方々の細かな記録がある。だが波をかぶったため、現在、宮城歴史資料保全ネットワークで冷凍保存中、あと何年かは見ることができない。
◆事務局の佐藤大介さんは、尾崎地区の「結」とも言える人々の結び付きが読み取れると言う。神山家は、単なる個人住宅を超え、近隣住民の結束の表現だった可能性もある。
◆やはり神山家はタダ者ではない。いったいどんな設計施工だったのか?次回は気仙大工から謎を追いかけてみよう。
 

(MEMO)
◆世の中は広い。正三角形の家がある。私が知る限りでは、かつて日本に三軒あった。伊勢と新潟そして仙台。ただし、数寄屋建築、茶室である。江戸時代、伊勢の儒学者・奥田三角の三角亭、新潟の三楽亭、そして柴田民部の三角茶室。
◆謎は、あくまでこの資料を待たねばならない。だが、いくらヘボなすまい探偵の私でも、正方形の家そのものから答えを見つけていこう。

 (文・一級建築士  那須武秀)
 
 
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今回は、
陸前高田の現気仙大工・菅野照夫さんをモデルにさせていただきました

言葉ひとつひとつから ビシバシ職人魂を感じる
このインタビューもぜひ見てほしいです

かっちょいー!

http://kino-ie.net/interview_242.html
 
 
 
 
東北の古民家
(NHK 美の壺より)
http://www.nhk.or.jp/tsubo/program/file223.html
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪ 宮城愛
 
 

すまい探偵帖@石巻 vol.4




 
 
 
 

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すまい探偵帖@石巻004
「第一の謎・正方形・その四」
 


◆正方形の家の主・捨松さんは謎の人。少しでも、手がかりが欲しい。では、奥様のきすよさんはどんな人?ひ孫の清さんのお話では、90歳まで長生きされたそうだ。さすが正方形の神棚のご利益か?
◆きすよさんは早く夫を失ったせいか真面目で厳しい方だった。でも、捨松さんの話はしてくれなかった。では息子の清也さんは?一口で言えば呑兵衛で豪快。どのくらい呑んだかといえば盆暮れの請求書の巻紙の長さが三間半(4.5m)あったそうだ。一円硬貨を田んぼに埋めて田植えの速さを競ったり、泥酔してリヤカーで帰宅したり様々な武勇伝がある。
◆だが、捨松さんもそうだったとは言い切れない。逆に四角四面の人とも思えない。私には捨松さん独自の「正方形の哲学」があったように思えるのだ。そう、あの伊達藩の奉行・芝田民部のように。
◆幕末、攘夷か開国か騒然としていた時代、芝田民部は、「三角形の茶室」を作った。慶長使節船ミュージアム濱田直嗣館長の御尊父・濱田隼雄氏の小説「民部断食」の一節を引く。
◆「青年時代の悪戯気がよみがえったように屋根も三角、畳も三角の茶室を造ったのは、客の好奇をよろこばせるためでもあったが、丸く納めることの困難な時勢の中で、他人目には角立てることばかりのおのれの任務への自らの風刺が秘められている。」
◆三角形の茶室は、困難な時代に藩政を任され、どうあがいても丸く納められない民部の屈折した思いを雄弁に語っている。ここで建築は自分自身の表現なのだ。
◆捨松さんの正方形は、どんな気持ちを込めたのか?明治元年生まれ、新時代の申し子として正しく生きようと思ったのか?闇の幕末の三角形に対して文明開化の希望の光を正方形に込めたのか?それとも自分の命が燃え尽きるのを察知して健康への願いを込めたのか?
◆つい最近、実は、大きなヒントがあることを知った。捨松さんの書いたこの家の「作事帳」があった。分厚い作事帳には、部材の調達費用や職人の賃金や建築に協力してくれた方々の細かな記録がある。だが波をかぶったため、現在、宮城歴史資料保全ネットワークで冷凍保存中、あと何年かは見ることができない。
◆事務局の佐藤大介さんは、尾崎地区の「結」とも言える人々の結び付きが読み取れると言う。神山家は、単なる個人住宅を超え、近隣住民の結束の表現だった可能性もある。
◆やはり神山家はタダ者ではない。いったいどんな設計施工だったのか?次回は気仙大工から謎を追いかけてみよう。

(MEMO)
◆世の中は広い。正三角形の家がある。私が知る限りでは、かつて日本に三軒あった。伊勢と新潟そして仙台。ただし、数寄屋建築、茶室である。江戸時代、伊勢の儒学者・奥田三角の三角亭、新潟の三楽亭、そして柴田民部の三角茶室。
◆謎は、あくまでこの資料を待たねばならない。だが、いくらヘボなすまい探偵の私でも、正方形の家そのものから答えを見つけていこう。

(文・一級建築士 那須武秀さん)
 
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サンファンバイティスタ号の船印がかっこいい卍http://www.santjuan.or.jp/bautista/origin.html
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
♪宮城愛
 
 
 


2014-03-09

すまい探偵帖@石巻 vol.3


 

 
 
 
 
 
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すまい探偵帖@石巻003

第1の謎:正方形の謎(その2):正方形列挙編
 
 
◆今回は具体的に神山家・正方形の謎を追うゾ!
◆まず扉が3つの「三社」(三社宮・さんしゃぐう)からダ!
この神棚には目を見張る。とんでもなく大きくて彫り物が豪華なのだ!15畳の和室の横いっぱいに長さ二間半(約4.5メートル)にわたって堂々と鎮座まします。
◆中央に唐破風があり、(朱雀?または鳳凰?)の彫物。中央のお宮には伊勢神宮の神宮大麻(天照皇大神宮の神札)、向かって右側(内宮)は地元の氏神様で尾の崎・久須師(くすし)神社、左側(外宮)は近所の神社の神様(崇敬神社)を祀る。
◆それぞれのお宮の引き分け戸を開けると正方形の開口部となる。このきっちりとした3つの正方形が美しく、またいかにもキチンとご利益がありそうな感じがするのだ。
◆3つの引き分け戸は、右側に太陽、左側に月の彫り物がある。右側は東だから太陽が昇り朝を意味する。左側は西で日没だから月なのだ。恐らく「神様!朝から晩まで守ってください!」という願いを込めたのではないか?
◆中央の宮の左右の戸袋には、右に昇っている「めでたい」の鯛、左に下っている鯛の彫物。これまた、太陽の上り下りを表している。
◆内宮(向かって右)の戸袋には右に玄武(亀)、左に海老、外宮(向かって左)の戸袋には、右に海老で左に玄武の彫物を中央に対称的に配置する。玄武は、方位は北の守護神で海や水からの守りを願い、海老は長寿の願いだろう。
◆更に左右の一番端に右は猿?、左は白虎の彫物があり、ここは左右対称が崩れる。?
 
※MEMO
本当は、右が青龍(春・東の守護神)、左が白虎(秋・西の、四神なのだが、ダメかな?左右対称で言えば右も白虎であるべきだが、申に見える。これは干支か?ちなみに捨松氏は明治元年の生まれ、干支は戊辰だから龍だ!申年は奥様か?
四神(しじん)は、中国の神話、天の四方の方角を司る霊獣。四獣(しじゅう)、四象(ししょう)ともいう。
東の青竜(せいりゅう)・南の朱雀(すざく)・西の白虎(びゃっこ)・北の玄武(げんぶ)である。
捨松氏は自分を青龍と見立てて、四神を3つにした可能性もある。玄武、朱雀、白虎は彫物として、青龍はワザと出さなかったのでは?

※MEMO
◆そして何よりも彫り物の見事さ!
神棚:おそらく正方形の中心的存在。神棚の木割り分析・イコン分析(これが結構長い)
垂木:神社の垂木の真似(ご利益+伝統意識+近代的なデザイン)
窓:西洋風(明示開花)
開口部(板戸開放続き間)
外部の小壁(モンドリアン)
など
 
 
( 文・一級建築士 那須武秀さん )
 
 
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あ うん の呼吸で 朝と夜を交互に見守ってくださっている
お月さんとお天道様



いつかに自分で描いた お気に入りの この月と太陽を
もう一度 登場させてみました





この絵を描いている最中、
志人さんの「君は太陽」という歌とリンクしている気がしていて
ずっと リピート&リピート&リピート...!で
この曲ばかり聴いていました



彼の世界観に助けられました



アルバム 「家の庭」~いえのにわ~
http://sibitt.exblog.jp/19899430/


収録曲:
い、円都家族
ろ、天橋立
は、いざよいうた
に、胎内音頭
ほ、心にいつも平和を抱いて~No More War~
へ、うたかたのうた
と、君は太陽



とっても オススメです★★★



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君は太陽 さぁ 行(生)きなさいと母の声がする
行(生)きたい様に行(生)きたまえ 生き長らえよと 父は笑うよ
君は太陽 さぁ 行(生)きなさいと母の声がする 行(生)きたい様に行(生)きたまえ
生き長らえろと 父は笑う


ランランと輝く太陽 燦々降り注ぐ大地 淡々と流れ来る河に 感嘆の溜息が
散々降った通り雨 ウォンウォン ずぶ濡れの野良が カーカー 夕暮れの空に
母さんの名を呼べば ほら 
何千何万憎しみを超えて優しさを宿し きつく抱き寄せて傷口を塞ぎ 慈しみ運び美しい場所に
曲がる日傾き 風向き変わり気 丸いお月さん 遠くにある太陽と
仲良く肩組み 地平に佇み 眩い陽射しがなんとも言えずに
カンカンカンカン 遮断機踏切 スタタンタタン 列車は行過ぎ
父ちゃん 指切りげんまん カランカタン 並んだランドセル


7月7日 笹の葉に掛けた 短冊に寄せた想いの思いの丈は
早く母さんの病気がよくなりますようにと 闇は素通り
浜梨の花咲く道端に 甘夏の香りは儚くも 
雨雲が去り 虹かかりほら 淡くも散りゆく真夏の空
花火がきれいに見えるのは 乾いた心にたった今の悲しさが綻び
そのときこの星 驚き轟き まん丸な玉響の歯痒さが分かるから


迷える者に道を照らし 限りあるところに光を差し伸べ
持てないものは何一つ持たず 拝む神すらもおらぬ人をももてなし
例えるならば誰もが皆 謎めく宇宙を往く旅人なのかもねむと
血の通える兄弟達よ 仮にこう思えるのだとしたら


君は太陽 さぁ 行(生)きなさいと母の声がする 行(生)きたい様に行(生)きたまえ
生き残れと耳許で父の声
君は太陽 さぁ 行(生)きなさいと母の声がする 行(生)きたい様に行(生)きたまえ
生き長らえろと 父は笑う


ランランと輝く太陽 燦々降り注ぐ大地 淡々と流れ来る河に 感嘆の溜息が漏れる
何千何万憎しみを超えて優しさを宿し きつく抱き寄せて傷口を塞ぎ 慈しみ運び美しい場所に
曲がる日傾き 風向き変わり気 丸いお月さん 遠くにある太陽と
仲良く肩組み 地平に佇み 明るい陽射しがなんとも言えずに


母さんのお腹の中にいたころ 君はすでに太陽だったよ
父さんや祖父さんや祖母さんに じっと見守られながら
君が地球に生まれてきた日 それは太陽が生まれた日
君が地球に生まれてきた日 それは太陽が生まれた日だよ


迷える者に道を照らし 限りあるところに光を差し伸べ
持てないものは何一つ持たず 拝む神すらもおらぬ人をももてなし
例えるならば誰もが皆 謎めく宇宙を往く旅人なのかもねむと
血の通える兄弟達よ 仮にこう思えるのだとしたら


君が地球に生まれてきた日 それは太陽が生まれた日
君が地球に生まれてきた日 それは太陽が生まれた日だよ

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このアルバムは ライブ会場ではないとなかなか手にはいらないとのこと


年末に髪の毛を切っていただいた
妹尾の平屋美容所PATH

そこのお兄さんと音楽の話で盛り上がり、
志人がお好きということで そのときに店内でかけてくださったこのアルバム


すっかり気に入って聞いていると
帰り際に 焼いたCDを渡してくださったのでした



こうやって ご縁を作品につなげられたことが
自分のなかでは なによりもれしいかな
 



∞



KP生活 ラスト1週間
楽しむゾ~




i kin ye!!




♪ 志人
 
 
 
 
 



 

2014-03-02

2月の手日記




手日記、
珍しく つづいています
 
 
 
 
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20140202
 
朝に起きれないでいると郵便局からtel。荷物をお持ちしましたとのことで誰だろう?なんて取りに行くとなんと由美ちゃんから。引っ越すならあとしばらく広島にも来れないだろうからって尾道のはっさく大福を、大きな福が来ますように、ってメッセージ付で送ってくれた。続いておばちゃんからも食料が。うれしいなぁ。(申し訳ないが食料は加工品は夜に原ちゃんにお裾分けに行った。)お昼頃Eko9でお菓子を買いalapaapへ。えこさんが車を貸してくれて!めぐちゃんの展示かわいかったー。bag欲しい。八雲でマニュアルの車の練習。自分の確認不足の件について怒られた。岡山弁で言われると余計に心に刺さります・・・んんー、先生、悪い方だとは思わないけれど私とは合わないなと最近実感。親しくなるボーダーラインってむずかしい。
 
 
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20140203
 
月曜日のポストを確認する瞬間が楽しみ。今日はあやのさんと高野さんと昨日大福を送ってくれた由美ちゃんから。嬉しい。にゃむちゃんとも久々に連絡を取った。(お手紙返せてない、、!)えこさんがにゃむちゃんのヘアバンを気にしてくれてそのご紹介。fbをしてるとイイネ!とかだけで連絡を取った気になったりしちゃうけどこうやって文章を重ねて連絡を取り合うのも大事よね、telも。東海林さんからも凝った手紙が会社に届いて涙が出た。
 
追記:
きのう夢でおばあに火をつけられそうになる夢を見たって話をおかあにメールでしたら、おばあの命日今月だよ!って。うわぁ~。24日だそうな。すっかり忘れてたわ。どういうメッセージとして受け取ったらいいだろう?
 
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20140204
 
今日は長野の栗ちゃんからお便り。いわさきちひろの「赤ちゃんが生れる日」の絵にのせて葉書を送ってくれた。すっかりお母さん。親ばか中だそうで。もみちゃん共々会いに行きたいなぁ。ゆかりさんのワンピースが完成しお宅の玄関に届けに。少しボリューミィらしいから少し修正しないと。大西ちゃん宅で小出さんがマッサージしてほしいとのことで先にごはんをいただいているその時に八雲からtel。マッサージできず申し訳ないけどゴメンして出勤ー!
 
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20140208
 
朝出勤しようとドアを開けると銀世界。雪がつもってる!児島では10年ぶり?くらいとのことで、こちらの住民達にとっては大事件!?らしくけっこうおやすみされる方が多かった。関西ならではだなー、と実感。裁断場は全員お休み。学級閉鎖のよう。東北人なのに朝一すっころんでしまった。アハハ。今日は残業なしですぐに岡山へ。バックパック、寝袋、画材を探すも岡山のLOFTにはなにもナシ。草家でさきちゃんとまーしーと若人会。元・KPの藤原さん、木村さんと偶然会った。世間は狭いなあ。
 
 
 
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20140210
 
昨夜焼いたキャロットケーキを持って、ナルモロサキマユの5人でベンガラの町・吹屋へ。全然着れていなかった早水さんおさがりの黄色いコートを着てみた。気持ちが新鮮になる。でもやっぱり落ち着かない自分もいる。なんだかんだでKAPITALが一番落ち着くし“いい”自分でいられる気がする。うまく言えないけど。その足でnap villageにも足を伸ばした。靴屋のうえのさんは寄れず。帰ってきてからサキちゃん宅で岡ちゃんも加わり映画部。「ぺんぎん夫婦のつくり方」とバンクシーの2本を観た。気分が完全に沖縄モード。
 
 
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20140211
 
昨日の写真の加工やUP作業をしていたらまた朝方に。211。月命日ということで少しばかりこの日を意識してみる。エコの作法50話で宮沢ケンジの作品を読み返すもやはりすばらしいー・・・と実感。心が洗われる感じ。雨ニモ負ケズは世界中で訳されて知られているらしい。私も心に再度刻み込もう。昼前から岡ちゃんとパン屋を巡るもどこもclose・・・結局問屋町のmaimaiでランチを食べ、木村さんのお店へ立ち寄り帰宅。3連休あっという間~
 
 
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20140219
 
子宮あたりが時々痛む。排卵してるのかな~なんて思いながら仕事中。自分のことなのに他人事のようだ。今日も火事の夢を見た。鉄太郎さんとおみさんもいた。なぜか手にはウルトラマン。←夢の中では重要なキーワードのようだった。最近「火」にまつわる夢が多いから恐くなって、ネットで夢占いについて調べてみたら、逆に良い暗示を示しているらしい。新しいチャレンジへの成功、急な収入、、合ってるカモ!
 
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20140220
 
腰の痛みが再発してきた。昨日寝る前に激痛が一回走った。ドキ。もうあの痛みが続く日々は味わいたくない。残業を早く上げてもらうのも申し訳ないし。でも、ちょっと言ってみようかな。そして週に一回のヨガ。後半気持ちがよくて本気で寝てしまった。んもー、自分。腰の影響で前屈が全然できなくなってしまった。ショック・・・でもこれまた気付き。良くなるように、繰り返し体をやわらげてあげるのみ。
 
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20140222
 
倉敷で直美さん&りさちゃんと合流。前回まわり切れなかった大原美術館の別館→加計美術館をまわり、小豆島ラーメンでランチをしたあと車に乗せてもらい藤原さんの展示会へ。河西さんとも合流。藤原さんのやっていきたいラインが少ない型数にギュッとつまっていた気がした。かっこいい女性像。その後かわにーと岡山駅周辺と西市の古着屋へ。やっぱりKPに勤めてた人はみな素敵。元気をありがとう。
 
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20140227
 
なんだかんだで、夜中にようやく004の絵が終わり、那須さんと大江さんにデータを送信。すこし迷いの入った絵になってしまったな。これからの続編が心配すぎる。1つの投稿に対してこんなに時間がかかっていたんじゃ本当にそのうち掲載に間に合いませんでした、とか、やってしまいそうで恐い。005、描かずに悩んで放置していたところ運よく?この文章はボツになったから描かなくて良いとのこと。不幸中の幸い。
 
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今日は 卒業式関連の記事が多いため
石巻かほくに連載中の「住まい探偵帖」はおやすみになります
 
 
わたしももうすぐ 卒業だなあ
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
♪ the rolling stone
 
 
ぼくたちがONEPARKを始める当初
...

目標にしていたことがあります。

みんなにはムリ!!って言われたけど。

それはThe Rolling stonesに石巻に来てもらう事。

LIVEをやってもらったらうれしいけど

それは、パニックになるので。

LIke a Rolling stone !!

もし、現実になったら

みなさんのチカラでSTONESや関係者の目に止まったら

とても人前に出せる映像ではないのはわかっています。

100人中ほぼ100人がムリって言うでしょう。

でも、ぼくは知っています。

想像もできないような事があることを。

石巻にいるから。

そして、石巻にいたから。

Rock'n Roll(石巻)の街と言われる石巻に

Rock'n Rollの神様は微笑むのか?

バカだと思ってもらってもいいです。

バカだなと思ったらシェアしてみてください。

こんなバカもいるよって。

なんでもいいんです。

なにか思ったら(感じたら)シェアしてください。

映像は今の石巻が写っています。

復旧は進んでいます。

復興にはまだまだ時間が掛かるでしょう。

3年経とうとしてる、今!!

偶然にもRolling stonesが来日してます。

宝くじ買うより夢があると思いませんか??

こんなバカなことをやって本当に来たら

子供達もダメだって

言う前に夢を見るかも。

だって、東北ジャムやDragon ash自体が

夢の様な話だから。

ご協力お願い致します。

ONEPARK一同

PC用
http://www.youtube.com/watch?v=leFY3f3EEGY&feature=youtu.be

携帯用アドレスhttps://www.facebook.com/photo.php?v=422618747884409

※YOUTUBEの日本語訳です※
ローリングストーンズへ
東北の被災地・石巻より

2011年3月11日。
ひとつの街が未曾有の地震と津波により失われました。
その街の名前は日本の宮城県石巻です。その名前は英語で「Stone(石)」「Rolling(巻)」と訳すことができます。

ある日、その街の若者が私に電話をかけてきました。
「私たちの同じ名前を持つローリングストーンズに、彼らが公演のために来日する際、私たちの街に来てもらえないだろうか。そのメッセージを伝えるために彼らに手紙を届ける方法はないだろうか?」
「うーん。。。」
なんて途方もないことを言うのだろうと思いました。しかしなぜかその考えを笑いとばすことはできませんでした。
そこで私は彼に提案しました。
「手紙ではあなたの想いを完全に伝えられないかもしれないから、短い映像を作ってみたら?」
彼と彼の仲間にはこれまで映像を作った経験が全くないとのことでした。私がいくつか製作のポイントを説明すると、彼は言いました。「やります!」
それからしばらくして、この映像が私の元に届きました。
その映像から、メッセージを伝えたいという彼らの熱意と慣れないながらも頑張ったことががひしひしと伝わってきました。

彼らがローリングストーンズに街を訪れて欲しいと願うのには、もう一つの大きな理由があります。

震災のあと、彼らは被災した若者たちが集まれる場の必要性を強く感じていました。その信念により、彼らはとある倉庫の跡地に「ONE PARK」という名前の、3年間限定のスケートボードパークを作り、運営しています。
彼らはまず土地の瓦礫の山を片付けることから始めなければなりませんでした。電気もガスも水道もない。彼らはゼロからスタートして、そのパークを全て自分たちだけで作り上げたのです。
そしてその使用期間がきれるまであと1年しかありません。
この状況を切り抜けこの場所を守るには、ただ一つの方法しかありません。
「石巻を盛り上げること」

ONE PARKの子ども達が大好きなこの曲が彼らの思いを表しています。
‘Gimme Shelter’ / The Rolling Stones
The floods is threat’ning
My very life today
Gimme, gimme shelter
Or I’m gonna fade away

この映像を見て、私はローリングストーンズのメンバーに届けたいと強く思い、また彼らの石巻訪問が実現することを願っています。また多くの人々にもこれを見てもらいたいとおもい、この映像をYouTubeに公開しました。

「Ore-fes」オーガナイザー
 ‘Ore-fes’  Organizer
 田口 新作
 Shinsaku Taguchi

【ONEPARK:
https://www.facebook.com/onepark.jp?fref=ts 】
【Ore-fes:
https://www.facebook.com/orenofes 】