2014-06-17

岡山 okayama



 こちら山梨県道志村、
夜はまだ少し寒くて 薪ストーブを焚いています
 
パチパチと音が鳴る中で
織の作業をするのが心地いい

 
 
そうそう!
最近気がついたんですが、
織ってぇ 字には、音が織り込まれているんですネ
 
 
∞
 

これまでの空白の時間、
県毎に 記憶をさかのぼってみたいと思います
 
まずは
第二の故郷  岡山okayama!!


うれしいことに、このたったの2年で 地元以上に 友人・知人ができ、
たくさんの方々に 見送っていただきました
 



KP本社クルー
@春野

 
児島で働いた2年間は本当に楽しかった、
みなさんのおかげです
 
 
 
 
KP児島の後輩たち
縫い場咲季ちゃん&パターンナー大西ちゃん、ユースケさん、小出さん&生産原ちゃん@ANIKULAPO
 
 
5人乗りの車にギュウギュウ6人で仲良く走ったのはよき思ひ出
 
大西ちゃんからは手作りのデニム煙草入れのプレゼント、、
今はデジカメケースとして、大事な日本各地での思ひ出を守ってくれています。

翌日も連続して 咲季ちゃん&企画ナルワちゃんとANIKULAPOへ
KP先輩パターンナーの石井さんも仕事帰りにかけつけてくれました。
 

モロサキ新居にも、いつも唐突なわたしを 何度となく泊まらせてもらいました。
 
 
 
 
 
 ぴぃちゃん&もっちー夫婦、もめん畑・奈々ちゃん
@望月家
 
これからの長旅のなか、畑などを手伝うときに使うだろうから、と、地下足袋とスーパー軍手をプレゼントしてくれました
わかってるぅ~ 各地で大活躍。
 
このちらし寿司にさされた旗は、今もずっと車の中でたなびいています。
 
 
* もっちー夫婦は今月の「田舎暮らし」の誌面に一部特集を組まれてるみたいだよ
本屋が近くになくて まだ見れていナイ、、
 
 




野の花工房 あーちさん&みずえちゃん夫婦
@野の花工房

 
あーちさんのHUGと握手は 世界で一番、力づよくてあったかくて大好き。

そんなみずえちゃんは 佇まいがもうあったかい。
 
満月の夜、
憧れのふたりからは、春野菜&野草のちらし寿司や天ぷら、菜の花の煮付け、手づくり
BEER、手づくりアイスなどなど、の 手づくりにあふれたあったかいおもてなしをしていただきました




 
 革作家KOHUGめぐちゃん&陶器作家polepoleあすぴぃ&万華鏡作家・吉田真のシンさんとカズさん&暁ジーンズのひとみさん
 
着なくなったライダースジャケットとの物々交換で、あすぴぃからはpolepoleマグカップをいただいちゃいました、!

シンさん&カズさんからも、試作の万華鏡と、小物入れ、簪、などなど、、

ものづくりをしているお友だちがいるって、
なんだかそれだけで 最高にしあわせですね
 
 
この翌日、
お近くに住む KP企画先輩の直美さんともお会いできました。
 
 
 
 
 
 
よりちゃん
@問屋町 ONSAYA COFEE
 
高校の同級生・むっちゃんのインド仲間で、昨年夏に一度紹介されてから数回しか会っていないのだけど、
根っこが似ているのか、不思議といろんなことを気兼ねなく話せる大事なお友達のひとり
 
ふとしたときに、心地のいい、うれしい言葉をかけてくれるのです
 
 
 
 
 
 
焼菓子EKO.9のエコさん&美容室カッチャーTAKAIWAのおばさん、さちこさん、かなでちゃんの高岩ファミリー

 
腰を心配してくれて 辛いときには泊まりで看病してくださったり、ごはんに誘っていただいたり、、
大変お世話になった 岡山のあったか家族です
 
 
 
 
 
 そ
して、写真はないのですが、


∞
KP先輩パターンナーの藤原さんも、ごはん行こうや~!、と児島まで出向いてくれて、ずっと気になっていた梟亭へと連れて一てくれました
入社して初めての仕事日に会った藤原さんは、いつ会っても変わらずに気さくに接してくれて。後輩思い、というか、人思い。

∞
岡山滞在中に髪をお願いしていたCIRCOあやのさん、お餞別にと前髪を切ってくださいました
さばさばした話口調が心地よくて、KPスタッフはだいたいあやのさんを頼っていっちゃうんだな。

∞
ガムラン教室の象先生&KAMIORI KAORIさんご夫婦。最近お子さんが生まれたようで、3人になった象ファミリーを訪ねるのも、岡山帰省楽しみのひとつ。

 
 
 
 
感謝以外に なにがでようか、
 
ありがとう、を これから どうやってお返ししていこう、

 
 

thank you OKAYAMA,
love you OKAYAMA,
 
 

 
 
 
i kin ye!!
 
  
♪ OOIOO「UMO」
http://vimeo.com/m/35053382






* KP販売員時代の同僚、HILLS店のひらこまさんが今月末で退社されるそうです、!
25日が最後だったかな、

みんな大好き ひらこまさん。
わたしもちょうど道中、送別会に駆けつける予定でいます

 

2014-06-13

3月の手日記・下




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0324
 
すまたんをUPできていなかったのが心残りで4時くらいまでPC作業。仮眠室でちょっと寝て、6時起床で出発準備。 神戸空港8:45発で予定通り那覇到着。TATOOを明日入れるとしばらく献血ができなくなると思い、久茂地で成分献血。マイケルジャクソンの「THIS IS IT」を見ながらの55回目だった。 国際通り近辺と波の上宮まで歩いて散策。波の上のサンセットが美しかった。海がもうあたたかかった。19:30頃仕事終わりの石原さんが迎えに来てくださって、そのまま「最強食堂」→「JETTA」へ。健太郎さんがおいしいテキーラと泡盛のカクテルを卒業祝いにご馳走してくださった。おいしかった~モヒートもテキーラで。good start.





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#

0325

ゆっくりめの起床。石原さんが酵素玄米を炊いてくださっていて、お塩だけかけて朝ごはん。んまい。洗濯をして、歩いて普天間宮へ。タクシーを呼んでそこから水釜のZICOさんのTATOO SHOPへ。5年ぶりの再会。KPに入社したばかりの時に肩にTATOOを彫ってくださった方。今日は右ふくらはぎに木を。尾の崎で見た1本だけ生き残っていた木の美しさに感動して、その写真を見せてそこからデザインしてもらった。いろんな話をして、楽しい2時間だった。イタカッタ。夕飯を作って石原さんを待つ。こういう時間が結構好き。味も喜んでもらえてよかった~ たくさんお話をして、オヤスミナサイ。


phot by 石原さん
  

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0326

飲食屋さんは水曜休みが多いのか3軒ほどcloseのところに行ってしまった。けど、そういうのは違うところに行きなさいというメッセージ。朝ごはんはEM押しのホテルの1Fでとり、そのあと
中城城跡→ダブルボランチの国吉さんを訪ねた。国吉さんとはKPの昔なつかしい話や、専務のOFFの顔の話を聞いた。気さくでとても気持ちのいい方だった。ファーマーズマーケットでランチを食べ(もずくコロッケバーガー150円+紅芋クリームスープ100円、!)→サンセットビーチで夕陽を見た。 夜は赤嶺さんも加わって、jettaのcloseまで話が尽きず。

 
 
赤嶺さんが三宅商店のキャップと沖縄のお塩をプレゼントしてくれた。嬉~



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0327

3時くらいまで絵にかかった。もう少し色を加えたら完成だ。9時頃石原さんと一緒に出発、昨日モーニングできなかったパン屋さんは今日もお休みで断念。宗像堂で朝お昼ごはん。ここのパンはほんとおいしい。たぶん私通販するかも。少しぐずついた天気だけれど、南部の斎場ウタキへ。そこまで変なものは感じなかったが、陰な気になった。cafe ioncaでbotanic greenの展示を見て、仏陀の顔をしたrawチョコレートとスムージーをいただく。一度帰宅して、東洋医学研究所の橘先生とsession。お話1h、施術1h。私のことをすでにすべて分かっているような、不思議な方で、私についていた悪いものを全部とっていただいた。(だいぶ重いものがついていたようで、先生も途中休憩されていた、) 途中、涙がわっ、と出てきた。 気持ちも体も軽い。感謝でいっぱい。

 
*先生におっしゃっていただいたことを 忘れないようにMEMO
・魂が古い いちばん古くはムー大陸の民、台湾にも魂がいる(いつかあいさつに行けるといいね)
・2つの覚悟を持ってー産む覚悟、逃げる覚悟
・自分の幸せを考えて動くこと(地元へ戻る理由ー復興とかは考えずに)
・自分をしっかり持つ(他人の負の気持ちを自分のものと置き換えない)
・沖縄で暇している龍神さまを地元に連れていって大地を除染してもらいなさい
・地元で自分がどれだけウハウハできるか(よいヴァイブスがその地をよくしてくれる)

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0328

宗像堂のパンで朝ごはん。石原さんの出勤に合わせてレンタカー屋さんまで連れて行ってもらい、まずは久高島を目指す。11:30出港の便まで時間があったからすぐ近くのビーチで少し仮眠。浜の先まで行ったら千円札を拾った。海からのご餞別だと思っていただいた。久高島に着くとすぐレンタチャリを借りて、ソーキソバで腹ごしらえ。時計回りで島を一周。最初にでた浜の海の美しさに涙が出た。ほぼすべての浜にあいさつをして島を出て、垣花樋川→平和記念公園へ。宮城の碑があって拝す。車中泊はやめ家に戻り、腑に落ちていなかった絵に手を加える。土日の予定を立てて、オヤスミナサイ。





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0329

早起きをして6:30ベトナム通りを目指す。毎週土日にやっているというfreaマーケットへ。まさに異国カオスなんでもアリ。これはfreeマーケットだ。着いてすぐに出会った与古田さんというおじいちゃんが案内してくれて、とても楽しくて3時間も居てしまった。高江の山甕でランチ。道中ハーブ園に迷い込んでしまったり、ヘリパッドのcamp前を通りながらやんばるの山の中のお店へ到着。野草ピザとスープをいただいた。キジョカの織工房を訪ね、今帰仁のグスグ跡→福木通り→エメラルドビーチへ。曇りでサンセットも拝めなかった。名護のキャプテンカンガルーでハンバーガーを。今村夫婦と親しいスタッフさんは居なかった。少し仮眠して、そのままLOVE BALLのイベントに突入。赤嶺さんと合流。三宅洋平さんが聞けた♪





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0330

朝帰りして少し仮眠のつもりが熟睡。。遅いスタートで、INDIGO CAMPANYのジャンヌさんを訪ねた。お会いできて、お話ができて本当に良かった。宮城ともご縁が多いらしく、また地元でも会えたらうれしい。こぺんぎん食堂でランチ後、東南植物楽園へ。フリマでまた国吉さんと再会。モンパチのキヨサクさんも聞けて、大満足♪素敵な施設だったな。アラハビーチのサンセットを見て、夜はteteraで石原さんにごちそうになった。(ごちそうになってばっかりだ、、)1週間、早かったぁ。



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0331

朝一、出勤前の石原さんが空港まで送ってくださった。昨夜はごちそうになった後、起きていられなくてそのまま床につっぷしたまま寝てしまったようだった。石原さんにマッサージしてあげたかったのに、私としたことが、、 1週間、本当に本当にお世話になりました。大感謝。 お昼前には神戸空港に到着。近かったからIKEAに寄ってみるも、あの量産された品々やフードコートの規律的な人の流れを見ていたら気分が悪くなってしまい、すぐ退散。でも、ビン類はここの使えそう。覚えておこう。 夜は三宮で働くかわにーが餃子をごちそうしてくれた。近くのコンビにで車中泊。駐車場代ってものは、どうにか成らないものだろうか。

* かわにーが今担当しているブランド。
彼女も相変わらず、がんばってはります。
>>http://www.felissimo.co.jp/fashion/v1/cfm/products_list001.cfm?wk=18303&iid=p_my_20140306_GOODDAYSB








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thank you OKINAWA,
love you OKINAWA,,


https://www.facebook.com/ms.greenflower/media_set?set=a.151548864941060.32551.100002578419289&type=3



i kin ye!!



♪ MONGOL800・キヨサク


 


2014-06-12

■すまたん休載のお知らせ■



これまで毎週日曜日に河北新報(石巻版)連載をしてきた
コラム「すまい探偵帖@石巻」、
 
こちらのほうが
筆者・那須武秀さんの体調の関係により
しばらくの間 休載することとなりました
 
 
毎週読んでくださっていたみなさん、
どうもありがとうございます
 
(ご報告が遅くなってしまい 申し訳ありません)
 
 
まだ復活の日程の目処はたっていないのですが、
またその際はご報告させていただきますので
 
引きつづき どうぞよろしくお願いいたします■
 
 
 
#
 

うたを うたう たうとき
わたしは からだを ぬぎます

からだを ぬぎすてて
こころ ひとつに なります

こころ ひとつに なって
かるがる とんでいくのです...

うたが いきたい ところへ
うたよりも はやく

そして
あとから たどりつく うたを
やさしく むかえてあげるのです     

 『うたをうたうとき』 まどみちお
 
#
 
 
 
 
やーっと、
優ちゃんのウェディングボードにゆっくりかかれるよう
 
地元の幼馴染のひとり、
今月末に結婚式があります
 
ずうっと会っていなくても
地元の友人はみな こういうときにわたしを頼ってくれる
 
それがなんだか
とても嬉しいのです
 
 
 
 
 
 
一日の 暮らしなかの
織りの合間に 
 
絵の時間も織り込もう、
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
♪ this is the kid
 
 

すまい探偵帖@石巻 vol.10

 

 



すまい探偵帖@石巻010
「第4の謎・配置」下
 

◆現在の当主・清さんからいろいろお話を伺った。神山家の敷地は、他の尾崎地区に比べて地形的に約200m高いそうだ。これで納得。やはり捨松さんは、三陸津波の経験から、この敷地を選んだ可能性が大きい。
◆敷地の南隣に秋葉山(あきはさん)の石碑がある。これは、尾崎地区の南端を示す印だった。秋葉山とは、火防(ひぶせ)の神・秋葉大権現のこと。元々ここは砂浜の空き地だったらしい。だが、単なる空き地ではなく集落全体を火事から守る信仰的な意味があった。
◆神山家の主屋の前庭、つまり家の正面に、大きな樫の木があった。樫の木は、常緑樹で燃えにくい性質があり、火災の際には水が出てくるという防火の信仰がある。だが、これは神山家だけではない。尾崎地区の旧家では庭に樫の木を植える習慣があった。火事を出せば延焼の危険があり、他の家に迷惑がかかる。座敷から海を眺めると樫の木が見える。これは、個々の家の火の用心の戒めでもあった。
◆秋葉山の石碑と樫の木。一見なんでもないような風景に今は忘れ去られた意味がある。神山家は2重3重に防災の家だったと解釈したい。神山家は、秋葉山の石碑のある集落全体の防火の象徴的な場所に建ち、樫の木で自らも防火の祈りを捧げていた。そしてあの正方形の神棚で更に強力に安全を祈願する。集落、敷地、家の空間それぞれに防災の仕掛けがあったのだ。
◆更にこの勢いに乗じて暴論を承知で書いてみたい。敷地が四神相応(しじんそうおう)ではないかと思うのだ。四神相応とは、中国伝来の吉相の地形。東西南北それぞれ、川、道、池、山のある土地が理想的だ。有名なのは平安京で、東に鴨川、西に山陰道、南に巨椋池、北に船岡山がある。
◆神山家は、この方位を右に90度振った配置をしている。まず、東に裏山、西に海。本来は東が北で西は南だが、右に回転しているのだ。南に井戸、これを川とする。そして北に集落が広がり道が始まる。これが右90度回転四神相応。
◆神棚の彫刻は覚えていますか?東の青竜、南の朱雀、西の白虎、北の玄武、四神が全て神棚にいる。これは敷地の四神相応に対応している。更に、本宮、内宮、外宮の戸袋の月と太陽の彫刻。これは朝から夜、太陽から月へ向かう回転を表す。左へ90度回転なので敷地の右回転を修正していると解釈できるのだ。すると神山家は四神相応も含めて4重防災の家になり、真四角の正方形の家にふさわしい構造となる。いささか深読みしすぎかな?


(文・一級建築士 那須武秀さん)





 
 
 
おかげさまで
車旅をはじめて 2ヶ月が経とうとしています
 
こうやって続けられているのもみな 
各地で 泊めていただいたり、
優しくしていただいた みなさんのおかげです

どうもありがとうございます、!
 
 
4月に最後の日記を書いてからというもの
バタバタと移動が続き、
こんなに空白の時間をつくってしまいました
 
3月の手日記・下も書けていないですね~(笑)


山陰→九州→四国→京都→中部地方を抜けて
今は 山梨県道志村にある 内山さんの工房で
寝泊りをしながら 織りを教えていただいています



空白の時間を追う前に、
とり急ぎの ご報告でした



i kin ye!!



♪ this is the kid
 


すまい探偵帖@石巻 vol.9







すまい探偵帖@石巻009
「第4の謎・配置」上
 

◆神山家は西を向いている。建築設計の常識から見れば、西向きの家は非常識。東に山が迫り西に海だから敷地が南北に細長い形なら納得できる。だが、敷地はむしろ正方形に近い。南向きに配置することも十分可能なはずだ。事実、養蚕小屋は、南向きに建てられていた。なぜ、西向きにしたのか?今回はこの謎を考えてみたい。
◆私は、やはり正方形の神棚に謎を解く鍵があると考える。神山家の生業は漁業と運輸業、製塩も行っていたらしい。全て海の恵みで生計を立てていた。だが海は、海難事故や津波などの災害ももたらす。だから立派な神棚を作り、安全と幸福を祈ったのだ。
◆明治29年(1896)三陸大津波が起きた。尾崎地区の被害状況はよく分からないが、女川では3.1メートルまで水があがった。岩手県が最大の被害を受けたが、宮城県でも、流失、全壊、半壊戸数が1372戸だった。このとき捨松さんは29歳、その恐ろしさを体験していたはずである。神棚はまっすぐこの海に面し、最大限災害から家族や家を守る必要があったのではないか?つまり家の向きを決める上で神棚の向きが重要だったのではないか?
◆それともう一つ。できるだけ海から離して家を作ることも重要だ。高波が来ても被害は少なくなる。すると答えはできるだけ山側に基壇を高くして西向きの配置になる。事実基壇の石積みの高さは60センチある。これは推測に過ぎないが、三陸津波はこの基壇の高さまで来たのではないだろうか?もし、それ以上水が来たら山の中腹に新築した可能性もある。
◆尾崎地区は相当古くから人々が暮らしていた。長面浦は、海水と淡水が混じり合った汽水域で、特産の殻付き牡蠣など魚介が豊富に採れる。神山家から南にいけば縄文時代の大浦貝塚、中世の館跡もある。海の恵みに加えて北上川の河口にあって交通の要衝であり歴史が古い場所なのだ。
◆神山家は尾崎浜の南端に位置する。尾崎浜の住宅は、南から北へ開発されたという。神山家の本家は中世までさかのぼれるという話も聞いた。
神山家の菩提寺である海蔵庵は、延元元年から貞和四年(1335~1345)の間に天台宗のお寺として建立された。室町時代の始まりの時期、足利尊氏が活躍し吉田兼好の徒然草が書かれた頃だ。海蔵庵には板碑群があって古いものは鎌倉時代とされている。
◆縄文時代から人々が暮らしていた尾崎地区はその長い歴史で何回か津波や高波の被害もあったはずだ。その歴史の証言者があの神棚のような気がしてならない。


(文・一級建築士 那須武秀さん)




i kin ye!!



♪ this is the kid
 
 
雨の中の this is the kid は心地よい。
 

 

2014-04-27

すまい探偵帖@石巻 vol.8

 
 
 
 
 
 
#
 
 
すまい探偵帖@石巻008
「第三の謎・八角天井」下
 

◆書院造りと数寄屋の合体で優雅な鶴の間、ユーモラスな亀がいる遊びの亀の間。この対比が愉快だ。しかし、亀の甲羅は六角形のはず。なぜ八角天井にしたのか?
◆その理由は図を書いてみれば分かるはずだ。六角形を八畳間の天井に割り付けるとなんとも不格好。六角形の頂点を全て結んで四角で囲むと長方形になってしまうのだ。数学的には、2対ルート3の比の長方形になる。無理矢理正方形で囲むと変な隙間ができる。捨松さんも棟梁も納得がいかなかっただろう。
◆それに対して八角形は、正方形にきれいに入る。正方形には八角形がなじむのだ。八角形の頂点を結ぶ正方形の取り方は2種類あるが、どちらも四隅がきれいに納まる。
◆六から八へ七を飛ばす。七がないのは、質屋にはお世話にならないという謎かけか?それに亀の間で六をそろえすぎるのも無粋だという考えもあったかもしれない。
◆明治21年完成の旧登米尋常小学校。その昇降口の平面は六角形の半分だ。天井はなく、洋式梁が六角形に掛けられている。この建設にも気仙大工が参加した。設計監督は、元大工の山脇喜三郎。洋風建築には手間がかかり、更に監督が厳しく瓦屋が4軒つぶれた。その恨みか、山脇監督が屋根に登っているうちに降りられないようにはしごを外したという逸話も残っている。
◆神山家は明治40年の建設だから捨松さんも棟梁もこの六角形は知っていたはず。まさか、「六でもない」と避けた訳ではないだろう。昭和2年の完成だが、気仙大工の名工・花輪喜久蔵設計の定義如来旧本堂も六角堂。六角形は決して嫌われているわけではない。六は末広がりの八につぐ吉数なのだ。
◆むしろ、旧登米小学校などの洋風建築に学び、鶴の間の和室に対して亀の間を洋間にしたかったのではないか?
◆明治半ばから古い封建的な「家」に対して西洋近代的な「家庭」を重視する考えが浸透してきた。その建築的な回答として明治30年頃には和洋折衷住宅が提案され、玄関近くに洋間の応接間を付けた住宅が増えてくる。亀の間はその流れの現れではないか?畳に絨毯を敷き、シャンデリアを吊し、洋風家具を置けば洋間の応接間にも変身できる。
◆神山家には30人分の食器がある。祝儀、不祝儀、その他様々な人々が集まるときは鶴・亀2室と神棚のある「おかみ」の3室続きで使った。だが、亀の間は縁側から直接入れる。八角天井は洋風の応接間としても使えるように特に趣向を凝らしたのではないだろうか? 


(文・一級建築士 那須武秀さん)
 
 
#
 
 


カゴ・メー カゴ・メー

カグ・ノナカノトリー

イツィ・イツィ・ディ・ユゥー

ヤー・アカ・バユティー

ツル・カメ・スーベシダー

ウシラツ・ショーメン・ダラー
 
 
 
 




i kin ye!!
 

 
♪ ラスタンケ
 


2014-04-19

3月の手日記・中




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0312

昨日はすまたん005の下書きをようやく終えることができ、その後久々に湯船にお湯をはってゆっくりした。その時にキャンドルの灯だけで少しの時間を過ごしたのだけど、なんだか体が自然と時計回りにぐるぐるまわりだすような、変な感じにとらわれた。頭がボワーっとして。何だったんだろう? 今日は仕事帰りにSOHO店と児島店へ最後の(!?)お買い物へ行ってきた。こんな大人買いは後にも先にもないかもしれないな~。自分へはオーバーオール。これを着て、数年後麻畑をやっているのが、夢。

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0313

すごい雨!昨日がとっても気持ちの良い小春日和だったからみんなで庭ランチでもしようよ、と誘っていた時にこれだったからちょっとショック~。15日までに、1度でも晴れる日がありますように。家に帰ると不在票が2枚。cafecafeから!あと、母にお願いしていた菓子折り。最後だから地元のものを贈りたくて頼んでいたやつ。明日にでも受け取りに行こう。遅くまで起きていたら2時頃大きな地震・・・まさか岡山滞在中にもう一度体感するとは。平和ボケを実感。

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0314

夜のうちにパンを焼いていたので朝に急いでお昼の準備をする。今日は昨日とうってかわって晴れたから庭ランチできそう♪と思って。紅茶も水筒にいれて準備OK。寒いからみんなでツリーハウスの中に入って、8人くらい?でぎゅうぎゅうでごはんを食べた。こういう時間をしあわせに感じる。仕事後に、片山さんが家までダンボールを運んでくださった。本当にありがたい。そういえば今日はホワイトデー、お返しの甘いものたちでいっぱいだ。

 
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0315
 
KP最後。終日サンプル縫製にかかった。はじめて縫うアミッシュpt、あとちょっとというところで仕上げられなかったのが心残り、、、朝の朝礼で一言あいさつをした時からスイッチが入ってしまって何をしても泣けてきて。すべての作業が愛おしかった。本部の4時休憩を狙い休憩室に来ていたみなさんにだけあいさつを。途中、SHOPのゆきさんがわざわざ縫い場までお花を届けに来てくれた。夜に春野で送別会えおしていただき、そのまま大岡さんの妹さんがされているというスナックで2次会。近藤さんとオヨネーズをデュエットするとは♪寄せ書きやお手紙を読んでいたら涙が止まらなくなった。感謝でいっぱい。
 
last my workin jeans

ターバンに寄せ書きが
 
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0316
 
朝、意外と早く起きれて、ちょっと布団の中で混沌としている所にヤマトさんから℡。昨日受け取れなかった羽ちゃんからの贈りもの。地元栃木の益子焼と丁寧につづられたお手紙。また泣けてきた。昼前に会社へ行って昨日作りかけのアミッシュptを完成させてきた。秋山さんと狩谷さんも出勤されていた。EKO.9はお休みらしく、お借りしていた本だけお姉さんにさずけてきた。しばらくおこたっていたメールの返信やら何やらをしていたらあっと言う間に一日がおしまい。
 
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0318
 
絵をむこうに持ち込むとなると下準備やら画材もある程度絞って準備していかないと、と朝方までなんだかんだで準備。あー、むこうで集中して描けるか不安。これでもかと詰め込んだバックパックを背負い(入り切らなかったものを詰め込んだもうひとつのbagを手に持って)児島を出発。関空に15時くらいに着き、18:30に遅れて出発。待たせていると思い仙台に着VINDOMEへ。8年ぶりに石女の同級生えっちゃん&熱海ちゃんと再会。楽しい夜でした~♪

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0319
 
日中は絵を描こうと思っていたのに眠気がつきまとい結局うつらうつらしていたら昼前。!!!で、なんだかんだでこんちゃぬと約束の時間も近づいていたので荷物をまとめ車につみこみいざ出発。マックンおすすめの東口付近のカフェに入り、こんちゃぬのバスの時間ぎりぎりまでお話。その後funade studioへ。鉄さんにお寿司をごちそうしてもらい、彩食いまむらへはしご。鉄さんの家でマッサージをしてあげて、すまたんの絵の相談をしていたら遅くなってしまって結局泊まらせてもらった。
 
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0320
 
朝7時くらいに鉄さん宅を出て、尾の崎の神山家を目指す。一応神山清さんに℡をし、在中していた田辺さんに中を案内していただいた。見方がわかると家っておもしろい。そのまま気仙沼へ向かい、オイカワデニム→ひころの里をまわった。道中PATHのお兄さんから℡が。送ったCDと手紙が届いたようでわざわざ連絡をくださった。まさかの雨雪、風も強く小指の家にこもる。が、中々絵は描けず、、、で、思い切って早寝。薪ストーブで暖をとった。ここでお米も炊けて、HAPPY。
 
 

 
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 0321
 
朝から作業開始。もうムリヤリにでも今日中に描き上げるぞという気持ちで何とか15時頃006分を終えた。自分の中で納得がいかなすぎて世に出したくない、、、ちょっと車のトラブルでJAFを呼んだ。近いうちに私も入会しておこう。家をさらっと片付け急いではまぐり堂へ。そうしたら仕事でいないハズの鉄さんが!帰り際hugしてアディオース。そのまま蛇田の優ちゃん宅へ。ウェディングボードを描きはじめる前に会いたくて。夜ごはん、ごちそうさま。
 

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0322
 
朝9時過ぎに仙台の家を出発。ずっとお父の運転でけっこう早く14時には六本木ヒルズに到着。あと少し早く来ていたら六本木農園でお昼ごはんを食べたかったがラストオーダーで残念。ヒルズでduffleとlegsのみんなにあいさつをし、買いそびれていたサルエルヌーベルパンツを買わせてもらった。羽ちゃん、ひらこまさん、ありがとう。 そのままミヤケイッセイさんの21_21へ行き「コメ展」を見た。彼の視点は本当にスバラシイ。少し遅刻で、赤羽で佐々木家親睦会。夜は達夫おじちゃん宅に3人泊まらせてもらった。
 

 
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0323
 
おじさん宅で朝ごはんをごちそうになり、マルタおばさんにfacebookの使い方を教えてあげた。マルタさんの写真をかわりに1枚UP。何分もたたないうちに、むこうの親族からすぐにレスポンス。日本とチリをつなげられたと思うとなんがか感動してしまった。3連休最終日ということで当初の予定はとりやめ母とすぐに出発。心配だからと途中静岡まで代わる代わる運転してくれた。渋滞で結局1時過ぎに神戸クアハウス着。
 
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i kin ye!!
 
 
 
 
♪ MONGOL800