2014-06-12

■すまたん休載のお知らせ■



これまで毎週日曜日に河北新報(石巻版)連載をしてきた
コラム「すまい探偵帖@石巻」、
 
こちらのほうが
筆者・那須武秀さんの体調の関係により
しばらくの間 休載することとなりました
 
 
毎週読んでくださっていたみなさん、
どうもありがとうございます
 
(ご報告が遅くなってしまい 申し訳ありません)
 
 
まだ復活の日程の目処はたっていないのですが、
またその際はご報告させていただきますので
 
引きつづき どうぞよろしくお願いいたします■
 
 
 
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うたを うたう たうとき
わたしは からだを ぬぎます

からだを ぬぎすてて
こころ ひとつに なります

こころ ひとつに なって
かるがる とんでいくのです...

うたが いきたい ところへ
うたよりも はやく

そして
あとから たどりつく うたを
やさしく むかえてあげるのです     

 『うたをうたうとき』 まどみちお
 
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やーっと、
優ちゃんのウェディングボードにゆっくりかかれるよう
 
地元の幼馴染のひとり、
今月末に結婚式があります
 
ずうっと会っていなくても
地元の友人はみな こういうときにわたしを頼ってくれる
 
それがなんだか
とても嬉しいのです
 
 
 
 
 
 
一日の 暮らしなかの
織りの合間に 
 
絵の時間も織り込もう、
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
♪ this is the kid
 
 

すまい探偵帖@石巻 vol.10

 

 



すまい探偵帖@石巻010
「第4の謎・配置」下
 

◆現在の当主・清さんからいろいろお話を伺った。神山家の敷地は、他の尾崎地区に比べて地形的に約200m高いそうだ。これで納得。やはり捨松さんは、三陸津波の経験から、この敷地を選んだ可能性が大きい。
◆敷地の南隣に秋葉山(あきはさん)の石碑がある。これは、尾崎地区の南端を示す印だった。秋葉山とは、火防(ひぶせ)の神・秋葉大権現のこと。元々ここは砂浜の空き地だったらしい。だが、単なる空き地ではなく集落全体を火事から守る信仰的な意味があった。
◆神山家の主屋の前庭、つまり家の正面に、大きな樫の木があった。樫の木は、常緑樹で燃えにくい性質があり、火災の際には水が出てくるという防火の信仰がある。だが、これは神山家だけではない。尾崎地区の旧家では庭に樫の木を植える習慣があった。火事を出せば延焼の危険があり、他の家に迷惑がかかる。座敷から海を眺めると樫の木が見える。これは、個々の家の火の用心の戒めでもあった。
◆秋葉山の石碑と樫の木。一見なんでもないような風景に今は忘れ去られた意味がある。神山家は2重3重に防災の家だったと解釈したい。神山家は、秋葉山の石碑のある集落全体の防火の象徴的な場所に建ち、樫の木で自らも防火の祈りを捧げていた。そしてあの正方形の神棚で更に強力に安全を祈願する。集落、敷地、家の空間それぞれに防災の仕掛けがあったのだ。
◆更にこの勢いに乗じて暴論を承知で書いてみたい。敷地が四神相応(しじんそうおう)ではないかと思うのだ。四神相応とは、中国伝来の吉相の地形。東西南北それぞれ、川、道、池、山のある土地が理想的だ。有名なのは平安京で、東に鴨川、西に山陰道、南に巨椋池、北に船岡山がある。
◆神山家は、この方位を右に90度振った配置をしている。まず、東に裏山、西に海。本来は東が北で西は南だが、右に回転しているのだ。南に井戸、これを川とする。そして北に集落が広がり道が始まる。これが右90度回転四神相応。
◆神棚の彫刻は覚えていますか?東の青竜、南の朱雀、西の白虎、北の玄武、四神が全て神棚にいる。これは敷地の四神相応に対応している。更に、本宮、内宮、外宮の戸袋の月と太陽の彫刻。これは朝から夜、太陽から月へ向かう回転を表す。左へ90度回転なので敷地の右回転を修正していると解釈できるのだ。すると神山家は四神相応も含めて4重防災の家になり、真四角の正方形の家にふさわしい構造となる。いささか深読みしすぎかな?


(文・一級建築士 那須武秀さん)





 
 
 
おかげさまで
車旅をはじめて 2ヶ月が経とうとしています
 
こうやって続けられているのもみな 
各地で 泊めていただいたり、
優しくしていただいた みなさんのおかげです

どうもありがとうございます、!
 
 
4月に最後の日記を書いてからというもの
バタバタと移動が続き、
こんなに空白の時間をつくってしまいました
 
3月の手日記・下も書けていないですね~(笑)


山陰→九州→四国→京都→中部地方を抜けて
今は 山梨県道志村にある 内山さんの工房で
寝泊りをしながら 織りを教えていただいています



空白の時間を追う前に、
とり急ぎの ご報告でした



i kin ye!!



♪ this is the kid
 


すまい探偵帖@石巻 vol.9







すまい探偵帖@石巻009
「第4の謎・配置」上
 

◆神山家は西を向いている。建築設計の常識から見れば、西向きの家は非常識。東に山が迫り西に海だから敷地が南北に細長い形なら納得できる。だが、敷地はむしろ正方形に近い。南向きに配置することも十分可能なはずだ。事実、養蚕小屋は、南向きに建てられていた。なぜ、西向きにしたのか?今回はこの謎を考えてみたい。
◆私は、やはり正方形の神棚に謎を解く鍵があると考える。神山家の生業は漁業と運輸業、製塩も行っていたらしい。全て海の恵みで生計を立てていた。だが海は、海難事故や津波などの災害ももたらす。だから立派な神棚を作り、安全と幸福を祈ったのだ。
◆明治29年(1896)三陸大津波が起きた。尾崎地区の被害状況はよく分からないが、女川では3.1メートルまで水があがった。岩手県が最大の被害を受けたが、宮城県でも、流失、全壊、半壊戸数が1372戸だった。このとき捨松さんは29歳、その恐ろしさを体験していたはずである。神棚はまっすぐこの海に面し、最大限災害から家族や家を守る必要があったのではないか?つまり家の向きを決める上で神棚の向きが重要だったのではないか?
◆それともう一つ。できるだけ海から離して家を作ることも重要だ。高波が来ても被害は少なくなる。すると答えはできるだけ山側に基壇を高くして西向きの配置になる。事実基壇の石積みの高さは60センチある。これは推測に過ぎないが、三陸津波はこの基壇の高さまで来たのではないだろうか?もし、それ以上水が来たら山の中腹に新築した可能性もある。
◆尾崎地区は相当古くから人々が暮らしていた。長面浦は、海水と淡水が混じり合った汽水域で、特産の殻付き牡蠣など魚介が豊富に採れる。神山家から南にいけば縄文時代の大浦貝塚、中世の館跡もある。海の恵みに加えて北上川の河口にあって交通の要衝であり歴史が古い場所なのだ。
◆神山家は尾崎浜の南端に位置する。尾崎浜の住宅は、南から北へ開発されたという。神山家の本家は中世までさかのぼれるという話も聞いた。
神山家の菩提寺である海蔵庵は、延元元年から貞和四年(1335~1345)の間に天台宗のお寺として建立された。室町時代の始まりの時期、足利尊氏が活躍し吉田兼好の徒然草が書かれた頃だ。海蔵庵には板碑群があって古いものは鎌倉時代とされている。
◆縄文時代から人々が暮らしていた尾崎地区はその長い歴史で何回か津波や高波の被害もあったはずだ。その歴史の証言者があの神棚のような気がしてならない。


(文・一級建築士 那須武秀さん)




i kin ye!!



♪ this is the kid
 
 
雨の中の this is the kid は心地よい。
 

 

2014-04-27

すまい探偵帖@石巻 vol.8

 
 
 
 
 
 
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すまい探偵帖@石巻008
「第三の謎・八角天井」下
 

◆書院造りと数寄屋の合体で優雅な鶴の間、ユーモラスな亀がいる遊びの亀の間。この対比が愉快だ。しかし、亀の甲羅は六角形のはず。なぜ八角天井にしたのか?
◆その理由は図を書いてみれば分かるはずだ。六角形を八畳間の天井に割り付けるとなんとも不格好。六角形の頂点を全て結んで四角で囲むと長方形になってしまうのだ。数学的には、2対ルート3の比の長方形になる。無理矢理正方形で囲むと変な隙間ができる。捨松さんも棟梁も納得がいかなかっただろう。
◆それに対して八角形は、正方形にきれいに入る。正方形には八角形がなじむのだ。八角形の頂点を結ぶ正方形の取り方は2種類あるが、どちらも四隅がきれいに納まる。
◆六から八へ七を飛ばす。七がないのは、質屋にはお世話にならないという謎かけか?それに亀の間で六をそろえすぎるのも無粋だという考えもあったかもしれない。
◆明治21年完成の旧登米尋常小学校。その昇降口の平面は六角形の半分だ。天井はなく、洋式梁が六角形に掛けられている。この建設にも気仙大工が参加した。設計監督は、元大工の山脇喜三郎。洋風建築には手間がかかり、更に監督が厳しく瓦屋が4軒つぶれた。その恨みか、山脇監督が屋根に登っているうちに降りられないようにはしごを外したという逸話も残っている。
◆神山家は明治40年の建設だから捨松さんも棟梁もこの六角形は知っていたはず。まさか、「六でもない」と避けた訳ではないだろう。昭和2年の完成だが、気仙大工の名工・花輪喜久蔵設計の定義如来旧本堂も六角堂。六角形は決して嫌われているわけではない。六は末広がりの八につぐ吉数なのだ。
◆むしろ、旧登米小学校などの洋風建築に学び、鶴の間の和室に対して亀の間を洋間にしたかったのではないか?
◆明治半ばから古い封建的な「家」に対して西洋近代的な「家庭」を重視する考えが浸透してきた。その建築的な回答として明治30年頃には和洋折衷住宅が提案され、玄関近くに洋間の応接間を付けた住宅が増えてくる。亀の間はその流れの現れではないか?畳に絨毯を敷き、シャンデリアを吊し、洋風家具を置けば洋間の応接間にも変身できる。
◆神山家には30人分の食器がある。祝儀、不祝儀、その他様々な人々が集まるときは鶴・亀2室と神棚のある「おかみ」の3室続きで使った。だが、亀の間は縁側から直接入れる。八角天井は洋風の応接間としても使えるように特に趣向を凝らしたのではないだろうか? 


(文・一級建築士 那須武秀さん)
 
 
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カゴ・メー カゴ・メー

カグ・ノナカノトリー

イツィ・イツィ・ディ・ユゥー

ヤー・アカ・バユティー

ツル・カメ・スーベシダー

ウシラツ・ショーメン・ダラー
 
 
 
 




i kin ye!!
 

 
♪ ラスタンケ
 


2014-04-19

3月の手日記・中




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0312

昨日はすまたん005の下書きをようやく終えることができ、その後久々に湯船にお湯をはってゆっくりした。その時にキャンドルの灯だけで少しの時間を過ごしたのだけど、なんだか体が自然と時計回りにぐるぐるまわりだすような、変な感じにとらわれた。頭がボワーっとして。何だったんだろう? 今日は仕事帰りにSOHO店と児島店へ最後の(!?)お買い物へ行ってきた。こんな大人買いは後にも先にもないかもしれないな~。自分へはオーバーオール。これを着て、数年後麻畑をやっているのが、夢。

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0313

すごい雨!昨日がとっても気持ちの良い小春日和だったからみんなで庭ランチでもしようよ、と誘っていた時にこれだったからちょっとショック~。15日までに、1度でも晴れる日がありますように。家に帰ると不在票が2枚。cafecafeから!あと、母にお願いしていた菓子折り。最後だから地元のものを贈りたくて頼んでいたやつ。明日にでも受け取りに行こう。遅くまで起きていたら2時頃大きな地震・・・まさか岡山滞在中にもう一度体感するとは。平和ボケを実感。

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0314

夜のうちにパンを焼いていたので朝に急いでお昼の準備をする。今日は昨日とうってかわって晴れたから庭ランチできそう♪と思って。紅茶も水筒にいれて準備OK。寒いからみんなでツリーハウスの中に入って、8人くらい?でぎゅうぎゅうでごはんを食べた。こういう時間をしあわせに感じる。仕事後に、片山さんが家までダンボールを運んでくださった。本当にありがたい。そういえば今日はホワイトデー、お返しの甘いものたちでいっぱいだ。

 
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0315
 
KP最後。終日サンプル縫製にかかった。はじめて縫うアミッシュpt、あとちょっとというところで仕上げられなかったのが心残り、、、朝の朝礼で一言あいさつをした時からスイッチが入ってしまって何をしても泣けてきて。すべての作業が愛おしかった。本部の4時休憩を狙い休憩室に来ていたみなさんにだけあいさつを。途中、SHOPのゆきさんがわざわざ縫い場までお花を届けに来てくれた。夜に春野で送別会えおしていただき、そのまま大岡さんの妹さんがされているというスナックで2次会。近藤さんとオヨネーズをデュエットするとは♪寄せ書きやお手紙を読んでいたら涙が止まらなくなった。感謝でいっぱい。
 
last my workin jeans

ターバンに寄せ書きが
 
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0316
 
朝、意外と早く起きれて、ちょっと布団の中で混沌としている所にヤマトさんから℡。昨日受け取れなかった羽ちゃんからの贈りもの。地元栃木の益子焼と丁寧につづられたお手紙。また泣けてきた。昼前に会社へ行って昨日作りかけのアミッシュptを完成させてきた。秋山さんと狩谷さんも出勤されていた。EKO.9はお休みらしく、お借りしていた本だけお姉さんにさずけてきた。しばらくおこたっていたメールの返信やら何やらをしていたらあっと言う間に一日がおしまい。
 
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0318
 
絵をむこうに持ち込むとなると下準備やら画材もある程度絞って準備していかないと、と朝方までなんだかんだで準備。あー、むこうで集中して描けるか不安。これでもかと詰め込んだバックパックを背負い(入り切らなかったものを詰め込んだもうひとつのbagを手に持って)児島を出発。関空に15時くらいに着き、18:30に遅れて出発。待たせていると思い仙台に着VINDOMEへ。8年ぶりに石女の同級生えっちゃん&熱海ちゃんと再会。楽しい夜でした~♪

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0319
 
日中は絵を描こうと思っていたのに眠気がつきまとい結局うつらうつらしていたら昼前。!!!で、なんだかんだでこんちゃぬと約束の時間も近づいていたので荷物をまとめ車につみこみいざ出発。マックンおすすめの東口付近のカフェに入り、こんちゃぬのバスの時間ぎりぎりまでお話。その後funade studioへ。鉄さんにお寿司をごちそうしてもらい、彩食いまむらへはしご。鉄さんの家でマッサージをしてあげて、すまたんの絵の相談をしていたら遅くなってしまって結局泊まらせてもらった。
 
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0320
 
朝7時くらいに鉄さん宅を出て、尾の崎の神山家を目指す。一応神山清さんに℡をし、在中していた田辺さんに中を案内していただいた。見方がわかると家っておもしろい。そのまま気仙沼へ向かい、オイカワデニム→ひころの里をまわった。道中PATHのお兄さんから℡が。送ったCDと手紙が届いたようでわざわざ連絡をくださった。まさかの雨雪、風も強く小指の家にこもる。が、中々絵は描けず、、、で、思い切って早寝。薪ストーブで暖をとった。ここでお米も炊けて、HAPPY。
 
 

 
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 0321
 
朝から作業開始。もうムリヤリにでも今日中に描き上げるぞという気持ちで何とか15時頃006分を終えた。自分の中で納得がいかなすぎて世に出したくない、、、ちょっと車のトラブルでJAFを呼んだ。近いうちに私も入会しておこう。家をさらっと片付け急いではまぐり堂へ。そうしたら仕事でいないハズの鉄さんが!帰り際hugしてアディオース。そのまま蛇田の優ちゃん宅へ。ウェディングボードを描きはじめる前に会いたくて。夜ごはん、ごちそうさま。
 

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0322
 
朝9時過ぎに仙台の家を出発。ずっとお父の運転でけっこう早く14時には六本木ヒルズに到着。あと少し早く来ていたら六本木農園でお昼ごはんを食べたかったがラストオーダーで残念。ヒルズでduffleとlegsのみんなにあいさつをし、買いそびれていたサルエルヌーベルパンツを買わせてもらった。羽ちゃん、ひらこまさん、ありがとう。 そのままミヤケイッセイさんの21_21へ行き「コメ展」を見た。彼の視点は本当にスバラシイ。少し遅刻で、赤羽で佐々木家親睦会。夜は達夫おじちゃん宅に3人泊まらせてもらった。
 

 
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0323
 
おじさん宅で朝ごはんをごちそうになり、マルタおばさんにfacebookの使い方を教えてあげた。マルタさんの写真をかわりに1枚UP。何分もたたないうちに、むこうの親族からすぐにレスポンス。日本とチリをつなげられたと思うとなんがか感動してしまった。3連休最終日ということで当初の予定はとりやめ母とすぐに出発。心配だからと途中静岡まで代わる代わる運転してくれた。渋滞で結局1時過ぎに神戸クアハウス着。
 
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i kin ye!!
 
 
 
 
♪ MONGOL800
 
 
 


2014-04-17

3月の手日記・上




濃かった 3月
 
書きたいことがたくさんあるので
上・中・下に分けてお送りいたします。(笑)
 



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0301
 
今日は有給消化のため1日お休みをいただいた。午前中にケーキとほうれん草の和え物を作ってしまい、昼過ぎに待ちに待ったリンパマッサージの彩里へ。2時間もぜいたくに、体の上から下前から後ろとすべてもみほぐしてくれた。これで¥6000は安い!途中、本気で寝てしまった。そのあとすぐフェイスマッサージ。今日は今までおこたってきた美容を補う日にすると決めたのだ。なんてぜいたくすぎる1日だろう。エコさんのところでバースデーケーキ用の飾りクッキーを受け取り、家にもどってちらし寿司とぎょうざの準備。早く上がった咲季ちゃんが手伝ってくれて助かった。9人ぎゅうぎゅうで楽しいごはんを囲んだ。おいしいおいしいと言って食べてくれる人がいるのは本当に幸せなことだ。また、岡山の思い出が増えた。
 

 
 

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0303
 
ニカーッ、っと笑ったような下弦の三日月。きれいな夜空だった。あわいイエローから深い黒に近いような青へのグラデーション。好きな色の空が仕事後のごほうび。なーんてな、詩人のような出だしで書きたくなってしまったのは谷川俊太郎や茨木のり子、宮沢賢治を読みあさっているせいだろうか。今週からはLASTの日までは残業をがんばることに決めた。痛みは引かないが。大星整骨院で電気を当ててもらってから帰宅。今日はお風呂をためよう。
 
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0305
 
今日の夢。鉄さんが先生?で、私が生徒。授業をしてたら松井さん&しょーごさん夫婦が見学に来た。心祭の考えすぎ? サンプルのサルカワBAGが中々終わらず、終礼も出ずにずっとそれにかかった。18時くらいに出せただろうか。遅くなってしまって申し訳なかった。生産の人たちはこの日翌朝の7時まで仕事だったんだとか。本当にお疲れ様しか出てこない。 夜は児島入りした上地さんと一杯。(のつもりが2杯)出会えて良かった先輩のひとり。これからもご縁がつづきますように。
 
 
 
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0307
 
作業をしてたら午前2時ぴったりに電気がすべて落ちた。・・・!!!そうだ、前にお知らせが来ていた電気工事だ。寝なさいということだと思ってそこで作業を強制終了。一旦スイッチが入るとどこまでもやっちゃうから自分が恐い。ストイックね、だから体(腰)にもくるよね。あぁ、月曜日のお風呂ためよう宣言結局今週できていない。体を休める日をつくらなきゃ。ゆかりさんのワンピース、残りの3着ももうすぐできそう。今週中に渡したい。
 
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0308
 
原ちゃんから家の外で「まーぼー!」と呼ばれて目が覚めた。夢だった。ちょうど7時くらい。ちょうどケータイの充電が切れてたから助かった。週6で残業1hの一週間、あー長かった~という反面もう週末か、と。あと1週間でKPを卒業とは本人が一番実感していないかもしれない。ヨギンさんからTELがあり、シミーさんのチラシとチケットを送ったから、と。仕事帰りに、モロサキ新居についていき、バルサンを焚いてきた。
 
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0309
 
朝8:30にゆかりさんにワンピを渡す約束をしちゃったもんだから、朝方までに3着を仕上げて、ちょっと寝て八雲に渡しに。先生は釣りで不在だった。私がクビになった理由を聞いて納得。先生のプライドによるつっぱねた言い方だったんだね。ワンピも喜んでもらえて良かった。縫製代もいただけて、本当助かります。帰って寝てしまったら昼過ぎ。プールに行ってスッキリしようと思ったらお休みで。CDを整理、箱詰めして、夜に原ちゃんをマッサージしに出張。 絵が思い浮かばない・・・
 
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0310
 
んん~、変な時間の過ごし方をしたからか眠気がぬぐえず。うまく作業が進まない時は、お風呂にでもつかって、寝てスッキリしてしまったほうが後のためにはいいと頭の中では分かってはいるものの、変に粘ってしまって、気付いたら畳の上で寝ていて3:00am…とか、ね。これじゃあ体さんが疲れてしまいますわ。完全に父の遺伝。ヤダヤダ~。すまい探偵帖、好反応なのが余計に次作へのプレッシャーになる。take it easy…!イマ、ココ。 ヨガで学んだのを活かすのはイマ。

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0311
 
311.これから先もずっと忘れないだろうこの日。facebookではたくさんの人が哀悼のpost itをするだろうから、私は逆に未来を見つめたこのイベント「心祭」の情報をシェアした。こんな時までもあまのじゃくな自分にあきれたりもするが、心祭はこれからもずっとずっと地元で続いてほしいイベントのひとつ。今年も参加できないが、きっと最高の3日間になるだろうなとすでに感じている。今21:30。これからどこかの時間で、キャンドルを灯して手を合わせてしばらく静かに過ごす時間をつくりたいと思う。
 
 
311の糸色
 
 
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i kin ye!!
 
 
 
 
 
♪ MONGOL800
 
 



2014-04-13

すまい探偵帖@石巻 vol.7

 
 
 
 
 
 
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すまい探偵帖@石巻007
「第三の謎・八角天井」上
 

◆八角天井の謎を追う前に、二間続きの座敷をご紹介したい。伝統と遊びの対比、ここが神棚に次ぐ見所だ。
◆奥の座敷は正面に床の間、違い棚、左に付け書院がある。そして、右に押入れがあり、一見、帳台構えに見える所が面白い。帳台構えとは、本来は帳台(寝室)への入口で、豪華な襖が立てられた。江戸時代には、殿様の護衛のため家来が隠れる武者隠しにも使われたらしい。これはわざとそう見えることを狙ったものではないかと勘ぐりたくなる。
◆これらは座敷飾りといって書院造の伝統の意匠で武家の格式を表した。しかし、決して堅苦しい座敷ではない。床の間脇の藤の狆(ちん)くぐりの開口部や、付け書院の欄間の松竹梅の装飾、剥き面(むきめん)の長押、床框下の巾木など、数寄屋的なデザインもある。欄間に鶴の彫り物があるので鶴の間と呼びたい。
◆剥き面の長押とは、丸太を一皮剥いて作ったもの。これは良材でないと出来ない芸当だ。末口(木の上部、梢の方)から元口(木の根元の方)まで、同じ太さの丸太でないと上下の面が隅で合わなくなってしまう。材料の良さと気仙大工の腕の見せ所だ。鶴の間は、書院と数奇屋の教科書だ。8畳の座敷に込められたエネルギーが伝わってくる。
◆手前の座敷には例の八角天井がある遊びと頓知の間。亀が全部で5匹いた。だから亀の間と呼びたい。残念ながら残っているのは長押の釘隠しの1匹だけ。銅製で可愛い亀。釘隠しに亀が4匹、何とも愛嬌があってめでたい。残り1匹は、オサ欄間にもいたが、掃除で壊れてしまった。復元したらさぞかし楽しいだろう。
◆そして亀の甲羅のイメージか、天井が中心から八角形に放射状に広がる棹縁天井でまさに八角天井と呼びたくなる。中心には、シャンデリアでも吊れそうな金具の細工があり洋間のイメージもある。
◆亀の間を見て思い出すのが、京都島原の角屋(すみや)だ。角屋は揚屋(料亭)、客をもてなす為に一つ一つの部屋に趣向が凝らされている。例えば、扇の間では、天井に絵や詩歌が書かれた扇が58枚貼ってあり、釘隠し、襖の引手、欄間も扇形で統一されている。
◆捨松さんは、角屋などの数寄屋建築を見て座敷毎にテーマを決め独特のもてなし空間を作ろうとしたのではないか?サザエさんのお母さんのように大工さんを京都・奈良に派遣して見学させた可能性もある。
◆だが、ここで新たな疑問。亀の甲羅は六角形のはず。なぜ八角形にしたのか?その推理は次回!



( 文・一級建築士 那須武秀さん )
 
 
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沖縄滞在中、
石原さんのお家でなんとか描きあげました。

ちょっと 南国テイスト、?!

 
 
ここには書ききれないほどの
たくさんの思い出、体験、出会いができました


1週間 自由気ままに部屋に寝泊りさせてくれて
面倒をみてくださった 石原の姉さんに大感謝!
&
20140408 happy birthday~~♪


 

DENIM WOMEN LOVE CATS
 

 
 
 
 
 
i kin ye!!
 
 
 
 
♪MONGOL800