2014-10-12

徳島 tokushima その1





むかし、むかし、ずっとむかしのことです。
  山の神様オオヤマツノ命の妹娘コノハナサクヤ姫という美しい女神様が侍女たちと野原で花摘みを楽しんでおられました。そのとき、一羽の白鳥が女神様の足許にうずくまりました。よく見ると羽に矢が刺さり血が流れています。傷が痛いのか白鳥は目を閉じたまま動きません。哀れと女神は侍女に手伝わせ、まず矢を抜き傍らの草の葉で血を拭い、草の汁を注がれますと、緑色の汁は傷口から溢れて、不思議なことに爽やかな青色となって白鳥の羽を彩りました。女神様と侍女たちは思わず驚きの声をあげました。「まあ、美しい」と。優しい手当てをしてもらって痛みも和らいだのか白鳥は青に染まった羽を静かに羽ばたかせ、女神様たちの周りを二度三度、別れを惜しむように廻り、感謝の泣き声をあげつつ空高く舞い上がっていきました。白鳥の羽を美しく彩ったのは藍草だったのです。
女神様はそれで糸や布を染めよと、天から教えられたと悟られ、人びとに藍の草染めを伝えられたそうです。





早朝、宮崎から大分へ向かい
そこからフェリーで 愛媛へ

元KAPITAL児島店店長・西岡さんに教えていただいていた cafeこけむしろにだけ立ち寄り、
すぐに 岡山は児島入り。

SOHO店にできたばかりの バンダナミュージアムで、
これから訪れる 徳島のBUAISOUさんへのお土産をー



昨年行われた “日本酒まつり”@徳島・池田町、
と 同時に行われていた “うだつマルシェ” にて展示していた彼ら

ただの伝統という枠からはみだして 藍をARTに、よりかっこよく表現していた彼らの作品と人柄に一目惚れ、
同年に行われた kojimarche2013 へお誘いしたのがきっかけとなりました。



児島の後輩・咲季ちゃん&モロちゃんのシェアハウスで2日間お世話になった朝、徳島へ向け出発、


BUAISOUの渡邊さん&楮さんへ、しばらくお世話になります、のほんの気持ちで 
KAPITALのバンダナとバンダナブックをプレゼント、

そうしたら、
ちょうど今、新作で藍のバンダナを作っているとのことで
抜染がうまくいかなかったのがあるから、と、物々交換で こちらをいただいてしまいました
>>



カッコイイーー
sooo cooool

藍を育てる1年の工程をデザインした 本藍染のバンダナ。
このひとつひとつの作業があるからこそ、深い藍の色が出るんだよね。





合流後 すぐに畑へ。
“なかよし君”という農具を使って、少し育った藍の苗を定植する作業を一緒にさせていただきました。






この作業を、ほぼ延々3日間。

同じ一定のリズムの作業が心地よい。
畑仕事が終わったあとの BEERの美味しさったら!








相槌が   「んだ。」   の会話が心地よい。
@徳島 buaisouの句





訪れて3日目の午前中、
kids farmerプロジェクトの藍の講座を受け持つ BUAISOU先生の別の顔を見させていただいた。



この日は【管理の日】、ということで、前回植えた藍の畑の草取り&水やり


このプロジェクトは4年前にはじまった企画だというからびっくり、

震災後にこういった動きが広まって増えてきてはいたけれど
311以前から先見の目を持って 動かれていたことにリスペクト!

畑作業をして、そこでできたモノの販売までを一貫して子供たちに体験してもらうそうです。
スバラシイ。


                             @ハッピーでハッピー定食を


この後、最後の定植作業を。
や~~っと、この大きな畑一面を植え終わりました。 フゥーー


この日は BEERを2本空けてしまいました。



                      ーNYからの依頼の服を染める渡邊さん。日本のアイが海を渡る。



染めだけを行う染屋さんはたくさんいらっしゃるかと思うんですが、

こうやって、汗水たらして、 
畑の作業も、すくも作りも、藍建て、日々の藍のアイの管理も
すべて自分たちでやっているからこそ その自信が 色の強さになっているような気がします






いつかの自分の誕生日プレゼントに染めてもらった 
KAPITALのox職人シャツ、


いつかに見た 青森のこぎん刺しがほどこされた晴れ着、 それは 黒にほぼ近いくらいに深く染まった藍色で、その色がどうしても忘れられなくて。
そういったイメージを伝えていたところ、何度も染めを繰り返してくださったそうで、真っ白だったシャツが こんな色に生まれ変わって帰ってきました 。 イメージ通り。 
むかしは藍も基本節約、薄い藍色の衣服しか出回ってなかったそうなんですが、 年を経るごとに染め直しを繰り返して、年長者の人になるほど自然と濃い藍色の衣服をまとっていたそうな。 
東北出身のおふたりだからか?、わたしの言葉足らずな注文も しっかりと汲んでくださいました。 
( まだまだひよっこ若造なのに、わたしってば 一気にこんな色に仕上げてもらっちゃって。 )

しかも、何度洗濯をしても 色落ちもなく、褪せないんです。 







来週、こちらの地元宮城にて 藍染め文化が残る栗駒町で
藍のお花見があるそう。




BUAISOUさんに染めてもらった この服を身にまとって 遊びにいこう。



thank you tokushima,
love you tokushima,








むかし、むかし、ある村につつましく暮らす母子が住んでいました。
村祭りがもうすぐなのに息子に晴れ着を買ってやれない母親は、あることを思いつき息子に 「紺屋で遊んできな。藍甕にドボンと飛び込んでもいいよ。誰かが助けに来ても知らん顔で、おっ母あが助けに行くまで瓶のなかで待ってるんだよ」。
少しのんびりした息子は白地のきものを着せられて、いつもは危ないと叱られて近づけない紺屋に喜んで出かけ、母親に言われたとおりドボンと音をたてて藍甕に飛び込みました。
助けようとする人たちの手を逃れながら息子は叫びました。「おっ母あ、まだか、まだかよう」。頃合いをみて駆けつけた母親は 「大変だあ。うちの子が瓶に落ちた。さあ、この手につかまりな」といいつつ、息子を助ける振りをして自分も瓶に飛び込んでしまったのです。
こうして母子はめでたく祭りの晴れ着を着ることができました。
すぐに母親の胸のうちを察した紺屋の主人は、苦笑いしていたそうです。







be happy,
for all indigo children








#buaisou. #indigo #tokushima


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